治療薬の取得と食い違い
「おい、アンタ・・大丈夫か?」
そっと男の方を揺らすが、返事はない。鎧の損傷が激しく、至る所から中の様子が伺える。何かが食い込んだような跡や切れたような傷跡など、見るからに痛々しい。
すぐにシンは、自身の持ち物を調べるが彼を治療できるような物や回復に使えるアイテムを持っていない。
仕方がなく、彼の口元に手を近づけ呼吸をしているかどうか、身体をを見て呼吸による動きが見られるかどうかを確認する。すると、僅かではあるが彼の身体は呼吸しているように動いている。
「そんなすぐに死なない・・・よな?」
モンスターや異世界の人物が現実世界へ転移して来ているのだ、他にも物や装置などが転移して来ていてもおかしくないのではと考えたシンは、その場を離れ少しでも彼の回復に使えそうな薬草を探す。
「・・・ダメだ。どれが使えそうな物なのか分からない・・・。何だよ・・・生き物は転移してこれるのに自然のものは無いってのかよっ・・・!」
四つん這いになり、必死に周囲の草木を調べるも、WoFで見たことがあるような薬草の類は見当たらなかった。それに現実で薬味や薬として使えるような植物の知識もないシンには、傷ついた彼に施せるようなことは何もなかったのだ。
シンが諦めずに探していると、スキルで捕獲していた変異種のウルフが、何やら声を発しようとしていた。この個体は、先程辿々しいものではあったものの人の言葉を話していた。
何か伝えたいことでもあるのだろうかと、シンはスキルを調整し、牙を押さえ込んでいた影の拘束を解いてみる。すると、シンの予想通り変異種のウルフには既に敵意はなく、彼に何か伝えようとしていた。
「ワタシ・・・ワカル・・・クサ・・・ワカル・・・」
「本当か!?すまない、すぐに解くから待ってくれ!」
ウルフの言葉に対し、シンは何の疑いも持たなかった。正確には疑っている余裕がなかったというべきだろう。手の施しようがない中で、差し伸べられた手を彼は迷わず掴もうとしたのだ。
だが、言葉が扱えるということは、言葉の使い方も知っているということだ。その証拠に、シンとの会話が成り立っている。それが拘束を解く為の芝居の可能性もあっただろう。
果たして、変異種にそこまでの知性があるのか。それもこれも、シンがウルフの拘束を解けば分かることだ。
しかし、そんな心配などする必要がないほど、変異種のウルフは暴れることなく、周囲の草木の中へ入り匂いを辿って幾つかの植物の前で、シンの方を何度も振り向き必死に鼻で突いていた。
「コレ・・・ツブス・・・キズグチ・・・アテル」
「こ・・・これか?何かの実のようだけど・・・?」
シンはウルフに指示されるがまま、同じような黒っぽい実を集めた。彼の集めていたものは椿の種らしく、油分の多い植物の種は潰して煮ることで油を抽出することができ、古来よりその油を傷口に塗ることで止血効果が得られていたのだという。
しかし、この場で用意できるものには限りがある。近場に煮込めるような道具もなければ綺麗な水もない。そこでウルフは、自身に掛けていたスキルをシンの集めてきた潰した椿の実に掛け、油を抽出する。
それをシンがヨモギの葉に乗せ、鎧の男の傷口へと塗っていった。すると、まるでWoF内で回復アイテムを使ったかのような緑色の光と共に、傷口が塞がったのだ。
これは、WoF内でもある僅かな回復量のアイテムの、“薬草“と同じ効能を得ていたのだ。
「傷口が塞がったッ・・・!よし、もっとだ!もっと集めよう!」
要領を掴んだことで、最初よりもスムーズに収穫することが出来た。同じく椿の実を掻き集め、数枚のヨモギの葉と共にウルフの元へと持っていく。それをウルフがスキルにより油分を抽出し、傷口へと塗っていく。
特に出血の激しい箇所や、大きく皮膚の裂けた箇所を中心に治療していき、鎧の男の表情もどこか穏やかになってきた。
そしてある程度治療を終えた頃、鎧の男は意識を取り戻し目を覚ます。
「うっ・・・ってぇ・・・。ここは・・・ッアンタは!?」
「待てッ!敵じゃない。アナベルさんに言われてアンタを助けに来た。どうだ?動けそうか?」
シンの姿を見て身構えるも、その口から語られた人物の名を聞いて安堵した鎧の男は、彼の言われた通り身体を動かそうと試みる。多少辿々しくはあるが、何とか立ち上がることは出来た。
そこへ、薬草を探していたウルフが口いっぱいに草を咥えて戻ってくる。
と、突然鎧の男が武器を構え、刃をウルフの方へと向けたのだ。
「おい離れろッ!こいつは他のモンスター共と違う!」
鎧の男の治療に協力いてくれたウルフは、確かに他の個体とは明らかに違っていた。だが、シンと会話が出来たり交戦的ではないことから、鎧の男の味方だとばかりに思っていた。
だが、鎧の男の方はそうは思っていなかったのだ。状況が把握できないシンは、命の恩人でもあるウルフに刃を向ける鎧の男を説得しようとする。
「待ってくれ!どういう事だ?アンタとこのウルフは、仲間じゃないのか?」
「仲間だって!?アナベルさんのモンスターならともかく、こいつは俺と“目覚めたユーザー“を襲った張本人だぞッ!?」
鎧の男が言っている事と、シンが共に彼の治療を行った変異種のウルフが行った行動が噛み合わない。
何故、変異種のウルフは鎧の男を守るように寄り添っていたのか。何故襲っていた筈の男の治療を手伝ってくれたのか。何故今、男とモンスターは対立しているのか・・・。
しかし、一つだけシンの中ではっきりしていた事は、この変異種のウルフは生かしておかねばならないという事だけだった。




