不可思議な存在
少女の正体に驚くのも束の間。彼らのいる建物のすぐ外で、何やらモンスターの騒がしい声が聞こえてきた。一同は口を閉じ、外の様子を伺うため、影を用いて壁を透過して覗き見る宵命。
外では数体のモンスターが何かから逃げ惑うように、路地へと入り込んでくる。
「モンスターだ・・・。何かに襲われてるみたいだが・・・」
すると、後方にいたモンスターが肉の触手に捕まり、建物の影へと連れ攫われ悲鳴のような唸り声をあげて静かになる。
その建物の影からモンスター達を追うように現れたのは、怪物でも化け物でもなく、どこにでもいるような現代の格好をした一人の女だった。モンスターが怯える程の存在と息を呑んで覗いていた宵命は、その予想外の姿に言葉を失う。
「どうした?何が見える?宵命」
「あ・・・あぁ。信じられねぇだろうが、女だ・・・。どこにでもいるような普通の・・・。それがモンスターを・・・」
「モンスターを?何?」
二人の会話を聞いた少女アリスは、ハッと思い出したかのような表情を浮かべ、瑜那と宵命に訴えかける。すぐにこの場を去らねば危ないと。
「大変!早く逃げないとッ・・・!」
突然慌て出す少女に困惑する瑜那。理由を聞くと、その女はこの東京でモンスターやWoFのユーザーを無作為に襲う危険な存在なのだと語る。
少女にもその女が何者であるのかは分からない。だが、少女の仲間もあの女にやられた者がいると語る。詳しいことは分からないが、襲われた者と目向きもされなかった者がいて、運よく生き延びた者が後に語るには、そこに規則性はなく、ふらっと現れてはまるで食事でも済ませるかのように食らっていくのだという。
女の後を追った者達は、彼女の逆鱗に触れたのか生きて帰って来た者はいない。故にアリスやその仲間であったWoFの者達では、女の素性を調べるには至らなかったのだという。
彼らの間では、あの女を見かけたらすぐに逃げろというのが徹底されていたのだと、二人の少年に語る。
しかし、モンスターを襲う様子を見たアリスは、彼女の様子が普段と違うことに困惑する。
通常であれば、多くても複数のモンスターを襲えば満足してどこかへと帰るのに対し、今回は逃げ惑うモンスターを執拗に追い詰めているのだ。
「何か変だわ・・・。どうして退かないの?」
「足りねぇんじゃねぇか?」
「そんな・・・。今までそんなこと聞いたことも・・・」
すると女は、彼らが覗き見ているのを感じたのか、こちらへぐるりと首を回し視線を送ってきた。心臓を突かれたかのように驚いた彼らは、アリスの言う通り危険を感じ、すぐに遠く続く影の抜け道を作り離れようとする。
「マズイ!気付かれたぞ!」
「一先ず避難しよう!早く影の中へッ!」
万が一、女がこちらへ向かって来た時の為に、少しでも時間を稼げるように壁の中にワイヤートラップを蜘蛛の巣のように張り巡らせた宵命。その後すぐに瑜那の作り出した影の中へ飛び込んでいく。
「アリス!君も早く!」
「・・・ごめんなさい。私はいけないわ・・・」
「ッ・・・!?」
影の中へ近づく瑜那とは反対に、影から離れるように立ち尽くすアリス。何故彼らと共に行けないのか、理由を尋ねる間もなく、彼女は瑜那の身体を押して影の中へ突き飛ばす。
「私は大丈夫だから・・・」
「アリスッ・・・!?」
瑜那の身体を飲み込んだ影は、その直後道を閉じて消滅した。一人の少女をその場に残して。
二人の少年は、先ほどまでいた建物から数十メートル離れた別の建物へと移動していた。
少女の行動に呆気に取られた瑜那は、自身の作り出した影の道があった場所に手を伸ばしたまま固まっていた。
「おい、瑜那!アイツは!?」
「・・・・・」
思考が今起きた出来事を理解する時間もなく、ただ最初に思ったことは、命の恩人であるアリスを助けにいかなければと言うことだった。
彼女の素性も、あの女と同様に謎に包まれてはいるが、助けられた恩を無碍には出来ない。これは彼らの元いた世界での、人たるものの心情が表れていた。
「もう一度あの場へ戻る!」
「命の恩人なんだ、捨て置けねぇよなぁ!?」
意気揚々と影で再び通路を作り、アリスのところへ戻ろうとする二人を、突然何かが後ろから掴む。二人しかいない筈の空間に、突然背後から掴まれたことに驚いた二人は後ろを振り返り、その光景に驚愕する。
なんとそこには、瑜那と宵命の腕を掴んで静止するアリスの姿があったのだ。




