ランゲージ
停電した東京には、その光景とはそぐわない騒々しさがあった。大都市の一角に、凄まじい爆発音とガラスが割れる高い音が鳴り響いていた。
地上から放たれる流星のように速い何かが、高層ビルを突き抜ける。止まることのない流星は、いくつもの建物を襲いその大きな存在を、みるみる内に地へと落としていった。
「野郎ッ・・・!どんなトリックが・・・。スキルか!?それとも固有の?」
朱影が地上を駆け回りながらも、幾つもの槍を男に向けて放つが、その悉くが在らぬ方向へと逸れていく。まるで自分の手から離れた途端に、槍が別の生き物にでもなったかのような感覚だった。
投擲には圧倒的な自信を持っていた朱影。そのプライドを、ゆっくりと鋭利な刃物で傷つけられていくようで、彼の表情にも焦りが伺える。
「どこへ行こうというんだ?東京からは逃さない・・・。“お前は私からは逃れられない“・・・」
不気味な笑みを浮かべながら、悠然と朱影の後を追う男。
朱影は大通りを避け、狭く入り組んだ路地へと入る。相手の視界から姿を眩まし撒こうというつもりなのだろう。その動きに僅かに目を丸くする男だったが、すぐに無駄な足掻きだと言わんばかりの笑みを浮かべ、彼の消えた路地へと入っていく。
朱影は何度も路地を曲がりながら、時には建物の中を通り男の視線をこれでもかと言うほど切っていく。
荒れる息を押し殺し、気配を消して足音を断つ。あまりに豪快な戦い方をする朱影の姿に、すっかり忘れていたが彼もシンと同じく、別の世界からやって来たアサシン。
隠密行動においては、シンに匹敵する。いや、現実世界での戦闘に慣れている分、朱影の方が上手く気配を消すことが出来るだろう。
それはまるで、暗闇に潜む影のように肉眼では捉えることは叶わず、風の流れや音も匂いも、気配すらも。その存在を完全に消し去っていた。
完璧なまでの追手の撒き方。姿を眩ませた朱影は、それでも足を止めることなく、出来る限り距離を取ろうと、一切の気配を断ったまま、建物の中から外へ出る。
建物の裏口となる扉を開け外を確認すると、そこはまだ狭い路地裏。隙間から男の気配と音を探す。だが、闇夜へと消えた彼の姿を追いきれなかったのか、男の気配はない。
安堵し扉から出ると、誰も居ないはずの路地の奥から、男の声が聞こえた。
「探し物か?」
「なッ・・・!?いつの間に!?」
警戒していたその男の声を耳にした瞬間、反射的に朱影の腕が動き槍を手にすると、暗闇の中へと投擲する。だがやはりというべきか、槍は何者かに当たったような様子はなかった。
何か硬いものにぶつかり打ち砕くような音を背に受けながら、朱影は男の姿を探すまでもなくその場を離れようと、走り出していた。
角を曲がり、背後にいるであろう男の視線を切る朱影だったが、曲がった先で彼が見た光景はあり得ないものだった。
「な・・・なんで・・・」
「なんでって・・・。お前の方から来たんじゃないか」
そこには壁に寄りかかり、余裕の表情で腕組みをしている男の姿があった。声は確実に背後から聞こえていた筈。先回りするにしても、朱影よりも先にここへ到達することは不可能なほど、短い距離と僅かな時間。
もし壁をすり抜けて来たとしても、到底間に合うはずがないのだ。瞬間移動でもできない限り、朱影が見ている光景を再現することは出来ない。
「それに言っただろ?“私からは逃れられない“・・・と」
「そうかよッ・・・なら、テメェを殺してゆっくり帰らせてもらうぜ!」
朱影は再びその手に槍を作り出すと、矛先を思いっきり振るい男の首を跳ね飛ばそうとした。男は彼の動きを察すると、すぐに上体を反らし攻撃の軌道上から逃れる。
しかし、ここにきて朱影はそれまで見ることのなかった、男のある行動に注目していた。
投擲による攻撃時には、男は避ける動作など見せなかった。それがどうだろう。近接戦になった途端、男は槍を避けるような動きを見せた。つまり、遠距離と近距離で、何か条件に違いがあるということだ。
真相を確かめる為にも、続け様に連撃を振るう朱影。素早いステップで間合いを詰め、決して男を逃さない。だが男も、それに負けない身のこなしで連撃を紙一重のところで次々に避けていく。
「どうしたよ!喋る余裕がなくなってきたんじゃぁねぇのかぁ!?」
「そんなことはないさ。ただ、種明かしをするにはまだ速いと思うんだ。お前から情報を抜き取るのは簡単だ。だが、直接口を割らせる方が私は好きでね・・・」
「いい趣味してんじゃねぇか。さぞかし仲間からも嫌われてんだろうな」
朱影の問いに対し、男は口角を上げて笑みを浮かべる。身体を動かしたことで口が軽くなったのか、男は少しだけ自分語りを始める。
「仲間?ククク・・・それは違うな。奴らと連むのは目的達成のための、一時的なものに過ぎない。この世界の言葉で言うなれば、ビジネスパートナーというやつだよ」
「目的だぁ?何をおっ始めようってんだ?」
「始めるんじゃない。知りたいんだ。この世界には私の知らないことが多くある。知識は新たな道を切り開く道具だ。私はそれが欲しい・・・」
「何を知ろうってんだ?それを手に入れてどうする?」
「私から情報を引き出そうとしても無駄だ。余計なことは口にしない。“私は決して口を割らない“。残念だったな」
男と対峙した時から、口を割るようなタイプでないことは朱影にも想像がついていた。戦闘要員というよりは、人の上に立ち指示を出すような、策士のような印象を与える男。
恐らく瀕死の状態にまで追い詰めようと、決して彼らの目的について話すことはないだろう。
「そうかよ・・・。なら、何なら教えてくれんだ?せめて名前くらい知っておきたかったんだがなぁ」
「名前?そんなものに何の意味がある?・・・そうだな、元の世界では私のことを“ランゲージ“と呼ぶ者達がいたな」
男が無意味だという言いながらも名乗ったものは“ランゲージ“。彼が口にしたということは、それ自体に大きな意味もなければ、そこから彼らの存在や組織へ繋がる情報はないということなのだろう。




