国境も時代も飛び越えて
弥上の反応を見て、明庵はある確証を得ていた。それは彼が、依頼先の相手や同僚から向けられる目線や言葉と、同じものを弥上が向けてきたからだった。
「そうか、分かった。休養中なのに、何度も同じようなことを説明させて済まない」
「いや、別に構わねぇよ・・・。それに警察の奴らより、何だか圧も感じなかったし・・・」
警察が聴取に来た時は、二人組の男達が来て如何にも職務ですといった様子で、淡々と質問をされたそうだ。そして、会話をする者の後ろで、逐一メモを取られるのが彼にとって精神的にやられる要因だったと話した。
「アンタ、変わってるな。仕事っつぅよりも自分の為にやってるみたいな・・・」
「そんな事はないさ。それじゃぁこれでお暇させてもらうよ」
明庵は彼に見せていたスマートフォンと、飛ばしていたドローンを折りたたみ鞄へしまうと、彼の個別スペースから出ようとした。が、明庵は一つ忘れていたといった様子で振り返り、弥上のベッドへ近づいて懐から名刺を取り出し彼に渡した。
「もし何か思い出したら、ここへ連絡をくれないか?どんな些細なことでも構わない。・・・特に最後に話したような、奇妙な体験があれば是非教えて欲しい。事故前の出来事でも構わないから」
「へぇ〜。サイバーエージェントのお知り合いなんて初めてだよ。分かった、何かあったら連絡する」
快く受け入れてくれた弥上が、名刺を貰った後に握手を求めるように手を明庵へ差し出した。一瞬どうしたものかと悩んだ明庵だったが、折角話してくれた彼への敬意を示さなければと、その手を握る。
「アンタ変わってるけど、嫌な人間じゃなさそうだ」
「周りの人間は俺のことを変人と呼ぶがな・・・」
そう言って手を離し、個人スペースを立ち去る明庵。彼のバイクがどこへ行ったのか、彼の身に何が起きたのか詳しいことまでは分からなかったが、それでも収穫はあった。
弥上には離していなかったが、彼の記憶データをスキャンした際に、改造ドローンに備わっている不可視のものを検知する機能を使い、事故当時のデータを調べていた。
その結果、彼が事故を避けようとハンドルを切る前に、僅かに反応があったのだ。それは間違いなく、高速道路で朱影が車とは別に、機動力のある足を手に入れようと弥上のバイクに乗り込んだ時のものだった。
「何かが彼のバイクに接触した・・・。そしてそれを奪い、何処かへ向かったんだ。だが何処へ?タイヤ痕は現場から数メートルしか残されていない。向き的にはセントラルで間違いないが・・・。まだ東京にいるのか?」
今の明庵に出来るのは、異変の検知と憶測だけ。それ以上の情報を得るには、ドローンや携帯端末のアップデートが必要になる。しかし、その方法も何を追加すればいいのか分からない。
そして、明庵はバイクを持ち去った人物は、慎を何処かへ連れ去った黒いコートの何者かなのではないかと踏んでいた。今ある情報だけではそう思わざるを得ないのが、正直なところ。
弥上から得たデータを繰り返し確認しながら病室を後にし、エレベーターを降りていると、事件現場に残されていた何かの跡らしきものを送った武器マニアの知人から、メッセージが届いていた。
「もう解析が終わったのか・・・?」
すぐに映像を止め、メッセージを開くと、そこには複数枚の画像データとそれに関する説明が載せられていた。
どうやら高速道路上に残されていた跡は、国や時代を問わず様々なものが使われた可能性が高いという趣旨で、写真と跡を並べて説明文として考察と検証から行き着いた種類の槍が並び連ねてあったのだ。
武器マニアとして血が騒いだのか、聞いてもいないような詳しい用途や時代背景なども記載されていたことから、彼の見立てに間違いはないように思える。
真っ先に明庵の脳裏に過ったのは、時代や国がバラバラな為、特定ができないという点だった。すぐに全世界の警察が扱っている事件の記事を確認する。
だが、何処にも大量の武器が盗まれたというような事件は発生していない。わざわざ警察のデータベース上を確認しなくとも、それが真実であることは分かった。
そこまで大掛かりな窃盗が実行されたとあらば、確実に世界的な大ニュースとなっていることだろう。
つまり、とても現実的ではないが、既存する世界中の槍を使ったのではなく、新たに作り出された物か、或いは何処からか持って来たかということになる。
「どういう事だ・・・。それ程の武器をどうやって調達した?それとも、奴らは別の次元、別の世界へ移動することができるとでもいうのか・・・?」
あり得ないもの追う彼であっても、流石にその発想に行き着くのはおかしくなったとしか思えなかった。だが、常識に囚われていては彼の求めるものには追いつけない。
現に、人間が目の前で消える現象を目撃しているのだ。明庵の追う“異変“に関わる重要人物は、時代や国を飛び越えた異次元の存在であることも、念頭に置いておかねばならないだろう。




