分断
逃げ場のない水中、そして陸地よりも圧倒的に不利な状況下。しかし、朱影は目線を大型のモンスターから離すことなく、周りにいる雑兵など視界に入っていないかのように構えた槍を握りしめ、鋭い眼光で睨みつける。
そして、水中という大きなハンデの中で放たれた一撃は、陸地の時よりは劣るものの、とても水の中で投げたとは思えない速度で、逃げる大型モンスター目掛けて突き進む。
音を感知する大型モンスターの特徴でも、背後から忍び寄るように接近する鋭利な獲物を捉えることは出来なかった。
そのまま気づくことなく泳ぐ大型モンスター。あと少しで追い討ちの一撃が入ると思われたその時、周りを護衛のように泳いでいた小型のモンスターによる、捨て身の肉壁により阻止されてしまった。
槍を投げはなった朱影の身体には、数体の小型モンスターが噛み付いており、血が煙のように水中に広がっていた。
「ッ・・・・・」
痛みよりも、全力で放った攻撃が届かなかったことが悔しくてならない。そういった顔をしていた。
霞む視界の中で、群がる小型モンスターを振り払おうと暴れるが、水の中では更に動きが機敏になるモンスター達。振り払うように振られる腕を紙一重で避けては噛み付く。
引き剥がそうとすれば、そのまま肉ごと引きちぎられそうなほど、しっかりと噛み付いて離さない。
唯一の救いは、そのまま彼の身体を食いちぎっていかなかったことだ。どうやらモンスター達は、噛み付いたまま彼の血を啜っているようだった。
次第に動きの鈍くなる朱影。その視界は瞼によってか、自身の血によってか、みるみる暗くなっていく。まるで意識を失うように視界を失い、呼吸も止めていられないほど、身体から力が抜けていく。
堪らず僅かな力で息を吸い込もうとしてしまう。だが、何故かそこでは呼吸が出来た。どういうわけか、突如訪れたその状況に、目を見開き目一杯酸素を身体に送り込む。
「ッぷはーーー!」
「よかったッ・・・まだ息があったか!」
彼の目に映り込んだのは、通路から彼を救出したシンだった。まだ喋るだけの余裕もない朱影の視線に、シンは一体どうやって彼を水中から引き上げたのかを話した。
「賭けだった・・・。影を伸ばすには十分な暗さが必要だったんだ。アンタの血により煙が水中に暗い空間を作り出してくれた。アンタの身体だけを影で包み込めたことによって、救出することが出来た。・・・遅れて済まない・・・」
荒々しく呼吸をする朱影は黙ってシンを見つめ、彼の胸に力なく拳を押し付ける。そして漸く戻ってきた力で、精一杯シンの胸を押して言葉を絞り出した。
「・・・助かった・・・」
服のポケットに手を伸ばそうとする朱影の動きを見て、シンは代わりに彼のポケットを漁ると、中にはWoFで見た回復アイテムの小瓶が入っていた。
今度はシンが小瓶の蓋を開け、彼にそれをかけた。すると、徐々にではあるが、彼の身体中にあった歯痕が塞がっていき、出血が止まる。
「畜生がッ・・・!こんな雑魚共に時間を食ってる訳にはいかねぇってのに・・・」
電力復旧のため、施設に向かわなければならないのに、思わぬ足止めを喰らう二人。するとシンは立ち上がり、それまでの戸惑った様子が嘘のように、頼れる表情をしていた。
「今度は俺の番だ。小さい奴らは任せてくれ。丁度アンタは匂いが洗い流されてるしな・・・」
「何だよ皮肉か?そんなにクセェかよ・・・」
冗談を言えるだけの元気が戻ってきたのだと安心したシンは、優しい表情でそっと目を閉じ、口角を上げる。一瞬見せた穏やかの表情も束の間。すぐに真面目な顔に戻ると、シンは自身の考えを彼に告げる。
「俺が小さい奴らを引き連れて離れる。その間にアンタがデカイ奴を倒してくれ。俺じゃあのデカイのを倒せるほどの攻撃を与えられない。大きな音に使えそうな鉄柵を切断して集めておいた。上手く使えればいいが・・・」
「考えとく・・・。デケェのは俺に任せろ」
そう言ってシンは、彼の元を離れていった。




