決意の落下劇
ミラーに映るのは間違いなく、WoFで慎が作成したキャラクターであり、あちらの世界でミア達と死線を潜り抜けてきたシンだった。自分の身体を入念に調べると、服装のような外見的なものだけではなく、筋力のような内面的な部分までシンの身体になっていたのだ。
視覚的にも感覚的にも、確実に自身の身体がWoFのシンになっていることを理解しつつも、まだ信じられないのか、慎はサイドミラーに手を振ってみたり普段絶対にやらないであろう動作をとり、本当のミラーに映っているのが自分なのだと確信する。
「本当に・・・。感覚も全然違うみたいだ・・・！」
自身の身体の変化に驚きつつ、スマホの画面やホログラムディスプレイを確認すると、インストールとアップデートの完了が表示されていた。スマホの画面に表示されたキャラクター選択画面には、シンのキャラクターはおらず、しかし確かにステータスやその他の情報など、キャラクターデータは存在していた。
代わりに慎の前にあるディスプレイに、今のシンの姿が表示されていた。
それまで車の落下によってダメージを負っていた身体や、朦朧としていた意識が嘘のように本調子へと戻っていた。それどころか、まるで身体が別物のように軽かった。
直ぐにでも動き出したくなる気持ちで、シンは窓から身を乗り出し外の様子を伺う。それまで見えていた視界ともまるで違い、黒煙の広がっていた筈の上空には、崩落した道路から下を覗き込む宵命の姿が薄っすらと見えていた。
「視力がッ・・・！煙の向こうまで見える・・・」
少年のシルエットは、必死にこちらへ訴えかけるような動きをしていた。自分の身体に起きた変化の余韻に浸っている間も無く、シンは宵命の言葉に耳を傾ける。
「・・・が、・・・いんだッ！旦那ぁッ！瑜那がッ・・・！」
本来の人間であれば、到底聞こえるはずのない声。これもWoFのキャラクターを投影させた効果なのだろう。身体能力だけでなく、視力や聴力、嗅覚までその能力は飛躍的に上昇しており、人間のそれとは全くの別物になっていた。
「瑜那が・・・いない？」
煙の中をも見渡せるようになったその目で、シンは瑜那の姿を探す。彼の姿は確認できなかったが、頭上の高速道路に繋がるワイヤーと同じものが、シンの乗る車の下へと伸びているのを見つけた。
車を道路に固定し、後に引き上げるつもりだったのだろう。ワイヤーが二本あることで、それが何を意味しているのかを直ぐに悟ったシンは、車から抜け出すと下に垂れ下がるワイヤーを掴むと、そのまま滑り落ちるように降っていった。
「頼むッ・・・！この先にいてくれッ！」
それまで重い身体を動かすことを躊躇い、その為の口実ばかり考えていた慎とはまるで別人のように性格すらも変わり始め、この後どうやって上がっていくのかなど、考えるよりも先に身体が先に動いていたのだ。
滑り落ちながら視線を下に向けていると、手にしたワイヤーの先に何か黒いシルエットが見え始めた。瑜那に間違いない。そう確信したシンは更に手の力を緩め、落下の速度を上げる。
やはりワイヤーの先に繋がれていたのは、瓦礫の衝突で意識を失っていた瑜那で間違いなかった。頭部から血を垂れ流し、吊られるようにぶら下がっている。
「瑜那ッ！瑜那ッ！！しっかりしろ！」
少年の小さな身体を抱え、何か上へ上がる手立てを考えるシン。周囲の状況や周りにあるものを確認し、シンが思いついたものは、高速道路からその様子を見ていた宵命を驚かせる行動だった。
なんと彼は、ワイヤーを瑜那の身体から外すと、登ってくるのではなく命綱ともいうべきそのワイヤーを手放してしまったのだ。いくら身体能力の上がっている彼らだからとはいえ、この高さから落下すれば無事では済まない。
「なッ！？何やってんだぁーッ！！」
シンの理解できない行動に取り乱す宵命。やはり信頼の薄い新入りであるシンに任せるべきではなかったと、直ぐに自分も崩壊した道路の底へ飛び降りようとした時、彼の後方で何かの物音がした。
やや大きめの物がドサっと置かれるような音に振り向くと、そこには何故か確かに下へ落下していった筈のシンと、その腕に抱えられた瑜那の姿があったのだ。
何が起こったのか理解できない様子の宵命。無理もないことだ。そもそも別人のように姿を変えたシンと、どうやって上がってきたのかも分からないまま、一瞬にして背後に現れた彼らに動揺を隠せなかった。
