姿なき攻撃
腹部から熱く赤いものが衣服に染み渡る。その中心には鋼の刃が、ベルシャーの身体から突き出している。全く予想だにしていなかったところからの攻撃で唖然としていたベルシャーだったが、すぐにその刃を素手で掴む。
刃は前にも後ろにも動かない。誰の攻撃かを確かめるため振り返るベルシャー。だが、そこには誰の姿もなかった。振り返りが甘く、視界に入らなかったのかと更に腰を捻り背後を確かめるが、何者かの気配すら感じないのだ。
それでも腹部を貫く刃は、彼の手によって引き抜くことも押し戻すことも出来ないほど、力が込められているのだ。
すると、ベルシャーが目を離した隙に正面に立っていたはずの男が、一気に距離を詰めてきた。今身に起きている問題すら解決していないまま、男は袖の中から先程のものとよく似たブレードを投げ放つ。
ベルシャーは、身体を貫く刃を握る手とは反対の方の腕で、槍を正面で回転させ飛んで来るブレードを弾く。槍の柄を握り回転を止めるも、男はもう目の前にまで迫っていた。
懐に潜られてしまっては、槍の本領を発揮できる攻撃が打ち出せない。何を考えてか、ベルシャーは槍の矛先を床に突き立てる。男との間に障害物を作り、動きを制限するつもりなのだろうか。
しかし、次に笑みを浮かべたのはベルシャーだった。彼が、床に突き立てた槍から手を離すと、足元のベルシャーの影から無数の槍が突き出して来たのだ。
黒く澱んだ影の中から、光る何かを視界に捉えた男はベルシャーの前で急停止し、床から男を狙う無数の槍を柔軟な動きで蛇のように躱していく。
その間、ベルシャーの身体を貫いた刃に動きがあった。誰に突き刺されたわけでもない筈なのに、その刃は彼の腹部を切り裂きながら上へと上がって来ようとしていたのだ。
刃を掴む手に力を込め、刃の上昇を止める。吐血や手からの出血も多くなり、このままでは刃は致命的な箇所に至ってしまう。
するとベルシャー、意を決したように刃を握ったまま目を閉じる。それを境に、彼の身体は突然ノイズが走ったかのようにザラつき始めたのだ。
一体何を始めたのかは分からないが、突如彼の身体を貫いた刃が力を失ったように動きを止める。その隙にベルシャーは目を開き、床に突き刺した槍を引き抜き、自身の背後スレスレに槍を回転させ、刃に繋がる何かを振り払った。
そこで初めて、槍に手応えがあった。背中に付いていた何かをはたき落とす感覚を得た後、ベルシャーは槍を使って刃を後ろへ押し返した。
彼の身体を貫いていた刃が、床に落ちる。鮮血を床に散りばめながら、鉄製のものを落としたような甲高い音が部屋に響く。その音に紛れ、別の何かが床に落ちたような音が聞こえた。
急ぎその音を確認するベルシャー。そこには機械で作られたような蜘蛛が、床に這いつくばっていた。
「なッ・・・何だこりゃぁッ!?」
丁度その頃、男がある程度後退すると、ベルシャーの槍による攻撃は止まった。ベルシャーの意表をつくため忍ばせた機械蜘蛛を回収する為、近づこうとする男だったが突如視界に入った、目を凝らさなければ見えないほど細いワイヤーによって行く手を阻まれる。
「あぁ・・・?」
それはベルシャーが路地裏で見た攻撃と全く同じだった。あの二人がここに来ているのか。すぐに槍を手に取り、床でもがいている機械蜘蛛を仕留めんと矛先を突き立てる。
辛うじてベルジャーの一撃を躱した蜘蛛は、ワイヤーによって身動きを封じられている男を確認すると、素早く動き男の元を目指す。突き立てた槍をそのままスライドさせ、床ごと蜘蛛を切り裂くように振り抜くベルシャー。
「ギギギッ・・・!」
蜘蛛は彼の一撃によって、真っ二つに両断された。ように見えたが、矛先が蜘蛛を両断する刹那、機械蜘蛛はその身体を自らバラし男の方へと、各部品に散らばって吹き飛んでいった。
その蜘蛛の足は、まるでベルシャーを襲ったブレードのようにくるくると回りながら飛んでいき、男の動きを制限するワイヤーを切り裂いた。
自らの身体に突き刺さるように部品を回収した男は、分が悪いとふんだのかベルシャーに背を向け通路の方へと逃げていった。
「逃すかよッ・・・ボケェッ!!」
逃げる男の動きを先読みし、渾身の投擲を披露するベルシャー。大きく前に出した足と身体の捻り、そして振りかぶった体勢から全身の力を使い、壁ごと貫かんとする凄まじい槍が放たれた。
自身に向けられた殺意の籠った攻撃を察知し、振り返る男。だが、男が見せた表情は驚愕でも焦りでもなかった。身体は既に前へと踏み出してしまっている。
行動の先を読んだベルシャーの一撃は、もう避けられない。しかし男は、彼のその一撃でさえも利用して、窮地を乗り切って見せた。
まさに一瞬の中の出来事だった。男は飛んでくる槍を、上半身を捻りながら掴んだのだ。引っ張られるように宙を舞う男の身体。だが当然、目にも止まらぬ速度で放たれたものを掴んでいては、腕ごと引きちぎられてしまう。
男はその槍の加速度だけを利用し、すぐに手を離したのだ。軽快に身体を回転させながら通路を飛び抜けた男は、不敵な笑みをこぼしながらその場を去っていった。
通路を逃げた男を追うように、ワイヤーが後を追うもそれをベルシャーは止めた。
「よせッ!深追いすんじゃぁねぇ・・・!」
「なんでッ!?」
「俺達ならやれますよ!三人で畳み掛ければッ・・・」
男と直接対峙したベルシャーには、屈辱的であったが身にしみてよく分かっていた。最後に笑みを見せて去っていったあの男は、まだ本来の力を見せてはいなかったことを。
例え二人の少年と男を追ったところで、奴に勝てるビジョンが見えなかった。
「・・・それよりアジトを調べるぞ。誰かいねぇか探せ。死体でもいい。そいつのメモリーを調べる」
「・・・了解です」
「了解・・・」
二人の少年は、透過して潜んでいた壁の中から姿を現すと、渋々ベルシャーの指示に従った。




