アジトでの戦闘
咄嗟に横へ転がるベルシャー。辛うじて避けた何者かによる攻撃は、彼の上着をかすめた。仕掛けられた攻撃の方を振り返るも、既にそこに姿わない。だが、向けられる敵意は消えたわけではなかった。
すぐに殺意の込められた視線が上から感じる事を察知すると、立ち上がることもなく再び床を転がると、彼の予想通り天井から何かが勢いよく降りて来た。
チャンスと踏んだのか、ベルシャーは武器を握る。彼が手のひらを広げると、何もないところから突然長い棒のようなブロックノイズが走り、実物の槍を作り出した。
建物ごと両断しそうな鋭い一閃で、何者かの気配を振り払う。しかし、そこにいた何者かは、常人ならざる上体逸らしでそれを躱して見せたのだ。引き換えに、その何者かは漸くベルシャーの前にその姿を晒した。
「なッ・・・!?何者だテメェッ!!」
ベルシャーは振り払った槍の石突を使い、銃弾のような突きを放つもその何者かは、そのまま仰け反ると膝を使ってベルシャーの槍を下から跳ね上げた。
恐ろしいほどの柔軟性と身のこなしに、思わず目を奪われるも背を向けた一瞬の隙をベルシャーは見逃さなかった。槍をくるりと縦に一回転させて持ち替えると、その矛先で頭部を貫かんと全力で振りかぶり、投擲する。
しかし、なんとこの何者かは彼の性格無比な渾身の一撃を避けて見せたのだ。今度は逆立ちの体勢のまま、首を後ろへ逸らせながら横を向くと、耳まで裂けた不気味な大口を開き、その間を通り過ぎるベルシャーの放った槍の柄を噛み砕いたのだ。
まるでモンスターのように鋭く尖った歯をしており、蛇のように先の割れた悍ましく長い舌が見えた。不気味な表情でベルシャーを見る男の顔は、不気味に笑っていた。
背筋に走る悪寒を表に出さぬよう押し殺し、新たな槍を作りだすベルシャー。だが、男は彼が槍を手にするよりも先に、空中で身体を捻り回転すると、先程砕いた槍の矛先部分を手に取り、今度は男の方がベルシャーに向けて投擲してきたのだ。
常人ならざる身のこなしから繰り出される、男の行動一つ一つが、まるで人型の敵を相手にしているのを忘れさせる程だった。
今度はベルシャーが、男の投げ放った槍を素早い身のこなしで避ける。しかし、次に男の姿を捉えた時には既に次なる一手が打たれていた。ベルシャーと男の間には、男が放ったであろうブレード状の何かが左右に一本ずつ、回転しながら彼の元へ飛んで来ていた。
「あの体勢からッ・・・!?なんつぅ動きしてやがんだよッ!!」
心の声を口走りながらも、ベルシャーは飛んでくるブレードを横一直線になるように捉え、神経を研ぎ澄ませる。一呼吸置き、心の乱れを落ち着かせた彼の口からは、煙のような息が漏れ出していた。
そして、薙ぎ払われたベルシャーの槍は侍の紫電一閃のような鋭さで、二本のブレードを弾き飛ばし、突っ込んで来る男を切り裂いたかのように思えた。だが男は、走ってきた勢いのままスライディングでそれを避けると、ベルシャーの股下を潜り抜けていった。
「カカカカカッ!」
床の方から男の不気味な笑い声が聞こえる。振り払った槍の勢いを利用し、身体を回転させたベルシャーはすぐにその場を飛び退ける。
しかし着地した際、ベルシャーの足に違和感が走った。男を牽制しながら足元を見ると、赤い液体が床へ垂れていた。それを辿ると、彼は自分の足に繋がっているのに気がつく。
咄嗟だったとはいえ、完璧に男の気配を読み取り避けたという自信もあったベルシャーは、どこに落ち度があったのかとその時の場面と、現在の周囲の状況を確認する。
今ベルシャーが戦っている部屋には、目の前の男以外に気配はない。だが、弾いた筈のブレードが二本とも何処かへ消えているのだ。回収できるような距離にあらず、そんな時間もなかった筈。
目に見えている以上のことが、今この場で起きている。そして何かしらの方法でそれをやっているのは、ベルシャーの前にいるこの男に他ならない。
ベルシャーが男を睨みつけると、何をするでもなく男は彼を見つめたまま不気味に笑っているだけだった。今にして思えば、その異様な雰囲気を疑うべきだったのかもしれない。
何故男は追撃もせず、ただその場に立っていたのか。戦いお好む戦闘狂と言ってしまえばそれまでだが、あれだけの身のこなしが出来る者が、今更カウンターなど警戒するだろうか。
そして、男を見つめるベルシャーの視界にノイズが走る。あっという間の出来事で、何をされたのかさえ分からなかった。
ノイズが走った直後、ベルシャーの背後から何かが身体を貫いた。




