狂気のレースの覇者
案内されたのは海岸が一望できる高台のスタジアムだった。屋根は一部にしかなく吹き抜けとなっており、太陽の日差しと心地の良い潮風が印象的な気持ちの良い場所だった。
観客席には溢れんばかりの人で埋め尽くされている。それどころか、廊下や会場の外にまで人が溢れており、身動きが取れないほどの密集していた。
順位の審議が終わるまで治療を受けていた四人が、スタッフに連れられスタジアムに姿を現す。すると、彼らの姿を捉えた者達から一斉に歓声が上がり、町中から響いているような大喝采が巻き起こる。
「ッ・・・!凄い歓声だ・・・」
「当然ですよ。地元の人は勿論、外からも多くの人々が集まる近隣の国々の中でも特に大きな大会ですから」
鳴り止まない拍手と賛美の声の中を、やや眉を潜ませながら進むシン。用意されたステージ上に続く階段を上がると、それぞれの方向から激闘を繰り広げた戦友達の姿が視界に入った。
ゴール直後の彼らとは違い、ある程度落ち着きを取り戻している。それでも、まだ順位を知らされていないのだろう。辺りをゆっくり見渡し、犯行現場で手掛かりを探す探偵のように順位のヒントになるものを探している。
決められた立ち位置なのだろうか。彼らをステージ上に案内したスタッフ達が、一礼をしてその場を後にする。それから間も無くして、スタジアムの上部に設置されたスピーカーから、開会式の時にも話をしていた支配人の男の声がし始めた。
「会場にお集まりの皆様。モニター越しにご覧の皆様。大変長らくお待たせしました。フォリーキャナルレース史上、初めてとなるデッドヒート。大いに盛り上がり、楽しんでいただけたかと思います。そして何より、歴史的名勝負を繰り広げて下さった彼らに、今一度賛美と称賛の拍手をッ!」
支配人の男の言葉に乗せられ、割れんばかりの拍手が会場から天に向けて響き渡る。指笛や様々な楽器の音も入り混じり、会場の盛り上がりは最高潮に達する。
「それでは皆様お待ちかね・・・。何より、当の彼らが最も知りたがっているであろう、今大会の到着順位優勝者を発表致します。厳正なる審議と度重なる映像確認の結果、勝利を収めたのは・・・」
会場が一気に静まり返る。先程までの歓声が嘘のように消え去り、ざわざわと落ち着かない声がこだまする。そして誰よりも順位を知りたがっていた彼らは、固唾を呑んでその時を待った。
全身の神経が研ぎ澄まされ、身体や額を流れる汗の滴の動きがまるで誰かに触られているかのようにはっきりと伝わる。彼らのレースは、その順位を耳にした時に初めて決着がつく。
そして、支配人の第一声が発せられると同時に、一人の男が立ち上がり意外なほど大きな雄叫びと動きで、勝利の喜びを表した。
「チン・シー海賊団所属ッ!海賊界でも最強の武術の達人とも名高い、“リーウ・ハオラン“選手だぁぁぁ!!」
再び大地を震わせるほどの大歓声がスタジアムに響き渡る。彼とは正反対に、身体の力が一気に抜けたかのように緊張から解き放たれる三人。
悔しさはある。だが、彼らの中に誰一人として後悔を抱く者はいなかった。誰が優勝していてもおかしくない僅差の戦い。それは実力だけでなく、勝利の女神さえも魅了した走りだったのかもしれない。
冷静で感情をあまり表に出さない人物かとばかり思っていた、リーウ・ハオランという男。その男がこれほどまでに感情を爆発させたのだ。余程この勝利が嬉しかったのだろう。
シンは、その後のことをあまりよく覚えていなかった。全身を覆っていた緊張感は、彼の身体からこれ以上ないほどの脱力感を生み出した。
しかし、その後の歓声は収まることがなかったのだ。同時に会場内に響いたのは驚きと困惑にも似た騒めきだった。それは特にシン以外の、レースの常連や関係者などの間でより多く騒がれた。
大元の内容は想像がついた。恐らく順位に関することだろう。だが優勝者は既に発表された。一体これ以上何に驚くというのか。それが分からないのは、この会場でシンだけだろう。
優勝者であるハオランの名を告げた後、支配人の男はそれ以降の順位を続けて発表していった。
「皆様・・・我々を驚かせるサプライズはまだもう一つあります。惜しくも優勝は逃したものの、映えある二位に輝いたのは・・・。今大会初参加となる“シン“選手だッ!!」
今まで滅多なことで揺らぐことのなかった不動の上位三チーム。チン・シー海賊団が一位で入ったとなれば、後の順位は前後しようとシー・ギャングのキングか、エイヴリー海賊団のマクシムで決まりだとばかり思われていた。
主催側や観客も、その三チームの内どこが優勝するのだろうかという予想しかされていなかった。しかし、会場の皆の意表をつくように二位へと潜り込んできたのは、無名の人物であり更にはこのフォリーキャナルレース初参加となるダークホースだった。




