海底からの追跡者
だが、マクシムもただ黙ってやられるような男ではなかった。彼は向けられた手のひらを掴み、反対の手でキングの腕に糸を結びつけると、海中の方へと引き摺り込もうと試みる。
しかし、その腕からは想像も出来ない力で抵抗を受け、海に落とすまでには至らなかったが、能力の発動を遅延させることには成功し、直撃は免れた。
「あらら・・・お兄さん、意外と力持ちなのねッ・・・!」
「能力が無ければ勝てるとでも思ったぁ〜?そんなやわな男じゃぁ誰もついてきて来んないのよぉ〜。俺ちゃん、男前なだけの男じゃないの」
嘲笑うように不気味な笑みを見せるキング。マクシムによって逸らされた手のひらを上に向け、そのまま指を鳴らす。すると、彼の腕に巻き付いていた糸が弾け飛び、目の前のマクシムは突然上から押されたかのように海中へ沈む。
水中でぐるりと一回転したマクシムは、兎に角距離を置かねばとボードのエンジンを噴かし、勢いよくその場を去った。
後続の者達を退けたキングは、再びゴールを目指そうとした。
その時、マクシムを沈めた筈の海中から何かが勢いよく迫り、キングの身体をボードごと宙へと吹き飛ばした。僅かな油断の隙を突かれ、一呼吸置く暇もなくキングは驚きの表情を浮かべる。
彼の視線の先には、これまで姿の見えなかった、今大会のダークホースのような存在である男の姿が写っていた。
「ん〜!やっぱりアンタ、ただモンじゃぁないね!」
しかし、シンの顔は酸欠を起こしそうなくらい蒼白で、息を整える余裕もないほど身体に酸素を取り入れていた。
彼は海中へ潜り、光が届かぬところまでボードの勢いに任せて潜水した。ここであればシンの能力である影を使うことが出来る。そして自身を影で飲み込むと、特殊な空間を利用して一気に加速する。
しかし、あくまで射程距離というものがあり、そのままゴールまでひとっ飛びという訳にはいかない。射程距離限界まで飛び、再びスキルによって身を包む。その繰り返しで先へと進み、先頭グループを追いかけていた。
その間、如何に影の中に居ようと、呼吸は発動した環境と同じ場所である水中となる。故にシンは呼吸出来ないまま、先を目指す。手の内を明かせない為、不用意に海面に上がることもできない。
もし上がるところを彼らに見られれば、シンの移動手段デストロイヤー 警戒され、何が何でも封じようとしてくることだろう。無事にキングの元まで辿り着けただけでも、十分な成果と言える。
これでもう同じ手は使えない。だが、ゴールもう間近。ここからは自力で戦うことになる。宙に打ち上げられたシンとキングは、そのまま海面に着水すると、並走するようにゴールを目指す。
「アンタにこれを貰わなかったら、俺ちゃんこんなところに居れなかったよぉ〜。ありがとね!」
「・・・そりゃ、どうも・・・」
咳き込みながら呼吸を整えていたシンに対し、命を救った代償に奪い取ったボードのお礼をするキング。
「でも、だからって手は抜かないかんねぇ〜」
一声かけ終えると、キングはシンを待たずして前に出る。シンが漸く落ち着いてくると、後方にいたマクシムが遅れを取り戻し追い上げて来た。どうやってここまで来たのかを尋ねられ、シンは簡潔に彼に答える。
どちらにせよ、この手段はもう使う事はない。それよりも、海上で一体何が起きていたのかをマクシムに聞くと、海中を移動していた間の出来事を頭に入れる。
キングにはまだ余力が残っており、一人で立ち向かうにはまだ驚異であること。そしてハオランは今、キングの攻撃を受け大きく遅れをとっていることを耳にする。
唯一の対抗手段であるハオランが遅れをとっている今、例えマクシムとシンが協力したところでキングをトップの座から引き摺り落とすことなど出来るだろうか。
しかし、ハオランをキングに差し向けるのを待っている猶予などもなく、そもそもハオランが戻って来れるかも確かではない。手を組むつもりはもうないのか、マクシムは覚悟を決めたように先にキングの後を追っていった。




