ボードの真価
「いいか?どちらかが失速して落ちて来るまで待つんだ。願わくばそれがキングであってくれたら最高なんだが・・・。あまり欲張ってると、好機を逃しちまうからな」
「それで?奴らが落ちて来たら俺達は何をするんだ?」
「なに、そんなに難しいことじゃねぇ。初めに俺が、落ちてきた方をスキルを使って拘束する」
そう言ってマクシムは、自身の能力を惜しげもなくシンに曝け出した。彼の指先からは、ピアノ線のように細く鋭い糸が垂れ下がる。如何やらそれで彼らを縛り上げるつもりなのだろう。
「だが、正直これであの二人を拘束できる時間なんて、たかが知れてる。直ぐに引き千切られちまうだろうな・・・」
「その間に、俺に何とかしろと?」
「その通り!よく分かってらっしゃる」
嫌な予感は的中してしまった。笑顔で嬉しそうに答えるマクシムの表情を見て、シンは大きくため息を吐く。これは想像していた以上に、ろくな作戦ではなさそうだ。
キングとハオラン、二人の実力をよく知っているシンは、自分のスキルも満足に使えない状況で彼らを怯ませることなど、出来るはずがないと思っていた。
例えスキルが存分に使えたとしても、一対一で彼らに勝てる者などそうはいない。要するにマクシムは、自分が拘束した相手にシンをぶつけ、共倒れになれと言っているのだろう。
幸い、全員に共通して与えられた環境として、まだ不慣れな乗り物に乗っていることと、不安定な足場であることから、実力に差があってもバランスを崩させさえすれば、追い抜くだけのチャンスは生まれる。
「冗談じゃない。そんな作戦を俺が鵜呑みにするとでも?それじゃぁ例え作戦が上手くいったとしても、俺になんの徳があるって言うんだ・・・?」
「安心しな。言っただろ?そんな難しいことじゃねぇって。奴らを止めるのに、なにも本気で戦い合う必要はねぇんだ。少しでも時間が稼げればそれでいい。直接ぶつからずとも、奴らの側で波を立ててやればそれだけでいいんだ」
「何・・・?そんなことで?」
「俺が見たところ、奴らだってこの乗り物をまだ完全に乗りこなしちゃいねぇ。そんな中で拘束されりゃぁ当然、大きくバランスを崩すだろうよ。例え俺の糸の拘束を解いたとしても、リカバリーで大きく失速する。それが狙いなんだからな」
つまり、直接彼らに手を下さなくても、側で大きな動きをし、波を作り出すことだけでいい。と、なればシンにも大きなデメリットはない。
話を聞き、少しは納得したような表情へと戻るシン。気持ちが前向きになったのを確認すると、マクシムはそれを後押しするかのように、更にシンにとってデメリットがないことを説くように舌を回す。
「それにだ。直接スキルで奴らを拘束するのは俺だ。標的になるとしたら、アンタではなく俺になる。違うか?・・・まぁ、よっぽどアンタが執拗な妨害をしたのなら別かも知れねぇがな?」
「・・・確かに」
これで了承は得られたと、強引に話を切り上げたマクシムは、手筈通りにと言い残し、シンの元を離れ先をいくキングとハオランを挟むように、反対側へと向かっていく。
「どちらかが落ちて来たところで、もう一人は如何するんだ?同じ作戦は通用しない。間違いなく警戒されるだろう。・・・そこからは自力のレース戦になるってことか?」
マクシムの作戦に不安は残る。だが彼の策に乗らずして、自力でキングやハオランを追い抜ける未来は想像出来ない。今は乗るしかないかないかと、覚悟を決めるシン。
そして、前方でリードする二人に動きがあった。
ハオランの執拗な攻撃で、キングが再びバランスを崩し失速したのだ。直ぐに反対側にいるマクシムの方へ視線を送ると、彼はシンの方を向き首を縦に振ると、後ろへ下がってきたキングに近づいた。
感心したのは、マクシムがボードの特性をよく理解していたことだった。操縦者の能力を反映するというボードの特性を上手く利用し、海面に忍ばせるよに伸ばした鋼糸をキングへ差し向けたのだ。
体勢を立て直す為、周囲の状況把握が甘くなったキングの隙を突き、勢い良く鋼糸が彼の身体に巻きついた。
シンやマクシムが何かを企むような動きをしていたことに気づいていたキングだったが、一瞬の隙を突かれた奇襲にまんまと絡め取られた。
「お?・・・ととッ・・・!」
そしてキングへ差し向けられた鋼糸と同時に、シンもキングの近くへと向かう。だがあまり近づき過ぎないよう、マクシムの言っていたキングの能力の範囲を、彼なりに導き出した。
鋼糸を飛ばす際、マクシムは思っていたよりもキングへと近づかなかった。恐らくその距離が、キングの能力が届く範囲だったのだろう。一定の距離を保つようにとは言っていたが、詳しく語らなかったマクシム。
あわよくばキングの意識がシンに向かい、蹴落とし合いをしてくれればと思っていたのかも知れない。簡単に人を信用しなくなったのは、これまでの経験がシンを用心深くさせたからだった。今回、それが上手いこと事を良い方へと導いたのだった。
シンは出来る限り大きな動きをし、キングの方へと水飛沫を上げ波を立てた。あくまで前に出る為の加速と見せかけるように心がけながら。
キングを捕らえていた拘束は、彼らの予想していた通り直ぐに解かれてしまう。だが、手の使えない間に崩された体勢を戻すに苦戦を強いられ、キングは大きく足止めを食らい、四位へと順位を下げた。
「ん〜!やってくれたねぇ・・・。これを狙ってたって訳かよ」
ちらりと後方を確認するシンとマクシム。キングの影が小さくなっていくのを確認すると、作戦が上手くいったことを実感した。
残すはハオランのみ。二人が前方へ向き直すと、そこには予想だにしていなかった事態が起きていた。
先を進んでいた筈のハオランが動きを止め、徐々に宙へ浮くようにその身体を持ち上げられていたのだ。
「なッ・・・!?」
「どうなってやがんだ!?こりゃぁ!?」
勢いよくボードを飛ばしていたシンとマクシムは、突然の出来事に速度を抑えることが出来ず、ハオランが置かれている状況の中へと突っ込んで行ってしまう。
すると、二人の身体もまるで宇宙に放り出されたかのように、ふわふわと軽くなってしまい前に進まなくなる。二人の姿を捉えたハオランが、してやられたという表情で二人へ視線を送る。
「シンさん、それに貴方は・・・エイヴリー海賊団の・・・。やられましたね・・・。まさか彼がこんなに器用な真似が出来るとは・・・」
「どういうことだ?ハオラン!これは一体ッ・・・」
「彼の仕業ですよ。いつからか分かりませんが、どうやら罠を張っていたようですね・・・」
「馬鹿なッ・・・!距離は保っていた筈だぜぇ!?そんなことある筈がッ・・・!」
マクシムのいう通り、三人はキングから距離がある位置にいる。にも関わらず、彼らはキングの能力によってその場に留められ、足止めを食らってしまっていた。
キングの能力の及ばぬ距離で、何故その檻に囚われてしまったのか。それは彼らも利用していたボードの特性を活かした、通った者を感知して発動する設置型の能力だった。




