最強×最強
「リーベ・・・」
「お久しぶりですわ、ミアさん」
リーベが何事もなかったかのような微笑みで、ミアへと話しかけてきた。
「お元気そうで何よりです。 でも・・・残念ですわ、何故貴方はまだ避難されてなかったのかしら?」
「世話になったシャルロットと言う聖騎士を探している。 彼女の無事が確認できたら避難するつもりだったさ。 それよりも・・・」
リーベがまるで意に介さない辺りの惨状を見渡し、ミアは怒りにも似た感情をリーベへぶつける。
「これはどういうことだッ! 彼らを何故殺したッ!? お前達が裁くのは、悪行を犯した者だけのはずだろッ!」
何も知らない赤子を見るような目で、リーベが行った行動の真相について語りだす。
「いいえ。 ミアさん、貴方が知らないのも無理はありません。 この方々は以前よりも前からずっと・・・”悪の種“を振り撒いていましたのよ?」
「悪の・・・種だと・・・? 何の話をしている!?」
「彼らは、罪人を私達の“裁き”の手から匿い、あろうことかシュトラール様のご慈悲を利用し、自分達の活動範囲へと連れ去って行くのです。 そして彼らは罪人を公正させようと説得する。 それがルーフェン・ヴォルフというレジスタンスがしている活動で、人々に“悪の種”を植え付けていくのです」
要するに彼女は、罪人に公正の機会を与えていること自体が、彼らの悪行なのだと訴えているのだ。
しかし、他所から来た者、ミアにはリーベがそこまで徹底する理由がわからない。
いや、理屈では分かっているものの、ちょっとした迷惑行為ですら裁こうとする、いき過ぎた行動に狂気を感じている。
「何故それが悪行になるッ!? 言って正せる行為ならそれでいいじゃないかッ! 何も命まで奪うようなことでは無い行為まで裁く必要はないだろ・・・」
「その考え方自体が、既に“悪”に侵されている何よりの証拠ですわ。彼らが仕切る地域が、この国で一番悪行が発生していることを貴方はご存知かしら」
ミアは、シンと共にこの国に入った際に遭遇した、騎士とアーテム達のいざこざを思い出した。
そしてミアが聖都に入ってからというものの、そんな揉め事に一度も遭遇したこともなければ、見たこともない。
それだけこの国では、地域によって治安が別れているということだ。
聖騎士が徹底して管理する地域と、ルーフェン・ヴォルフが口出しするのを許された地域、何故統一せずにそんなことをしているのか。
「少しくらいなら・・・、ちょっとだけなら・・・、他の人がやってるなら・・・、甘さは人の心を堕落させ、怠惰にする。 だから徹底しなければならない。そうでなくては、“悪”はいたるところから発生し派生する・・・」
リーベがゆっくりと歩きながらミアに近寄ると、彼女のおっとりとした目つきは鋭いものに変わり、それは宛らリーベの内に秘める悍しく歪んだ正義と、怪物にでも睨まれているかのような衝撃があった。
「人とは、定期的に模範となるものを経験したり見たりしなければ、すぐに気が緩み忘れてしまうもの。だから私は民衆に“裁き”を見せ続けてきた。皆が思いやりを忘れないように・・・。シュトラール様も、彼らを有効活用するべく今まで泳がせてきたに違いないわ・・・。 そして、それももう必要無くなった・・・」
ミアの前で立ち止まるリーベ。
そして、ミアへ手を差し伸べると、再び優しい声色に戻る。
「貴方も、知ってしまったからには仕方がありません・・・。 でも、どうかご安心なさって。 大丈夫・・・痛みも苦しみも、一切感じることはありません。 貴方はただ、天からの迎えを待つだけでいいんですもの・・・」
同時に、辺りの至る所に光球が発生し始め、矢の形を象ると、その矢先は全てミアへと向けられた。
「さようなら、ミアさん」
聖都ユスティーチ国内にて、それぞれの思惑が行き交い争いが行われようとしている。
聖騎士城内に集う達、聖都にて裁きを行う者とそれを阻止せんとする者達、城門にて課せられた任を全うしようとする者。
そして、その争いの兆しは、道場にいる朝孝の元にも訪れた。
生徒の子供達を親の元へ送り返し、モンスターに苦戦を強いられる騎士やルーフェン・ヴォルフの者達を助けていた。
「さぁ、ここは私に任せて。 他所で戦う人達の助けに向かって下さい」
「すみませんッ・・・! 助かります!」
騎士達は立ち上がると、その場を後にし、仲間の救援に向かい走り出す。
「さっ・・・流石、卜部朝孝だ・・・。 あんなモンスターをたった一人で」
「そりゃそうさ! 彼がこの国に居るというだけで、他国の抑止力になるような存在だぞ・・・」
大型のモンスターが、朝孝を睨みつけながら間合いを測ると、一気に飛び掛かる。
朝孝は腰に構えた刀を握ると、目にも留まらぬ一閃でモンスターを両断する。
すると、目ではなく気配で察したかのように、その男へ言葉をかける。
「一国の王ともあろうお方が、こんな辺境の地に何の御用でしょう? ここよりも、もっと向かうべき場所があると思いますが・・・」
その男は、振り向かぬままの朝孝の背中を見つめると、ここへ来た目的について語り出した。
「お前のところの元生徒が、他国からあるアイテムを取引した。 そのせいで今、国中では大変なことになっている。 朝孝よ・・・、いつも問題を起こすのは、お前のところの者だ。 いい加減にしたらどうだ? 人が根本から変わることなど、あり得ないことだ」
「それなら貴方も、そんな“人”の内の一人・・・ですね」
朝孝が振り返ると三人の騎士がおり、中央の男に付き従うように二人の聖騎士が後方に控える、そしてその中央に立つ男こそ、聖都ユスティーチの王にして聖騎士の王、シュトラールだ。
「無論、私も例外ではない。 幼少の時より、物心がついた時から形作られる思想というものは根強く心に残るものだ。それを忘れ、捨ててしまった時こそ、世界を知り、理不尽さに触れ、絶望に挫折する時に、人は心に悪を宿す」
自らの理想と大志を曲げることなく、ひたすらに進み続けて来た男と、悪鬼の如く人を屠って来た幼少から聖人の域にまで変わった、様々な道を歩いて来た男の見出した互いの“正義”は到底分かり合えるものではない。
「朝孝・・・。 今までお前という存在を利用させて貰っていたが、今のお前という存在は、これからの未来を進む我らの舟出の邪魔となる。 ・・・終わりにしよう、朝孝。やはり正義はぶつかり合うものだ・・・、そして敗れれば“悪”として残された者達の心と記憶に刻まれる」
これ以上、語ることはないと言うように剣を抜くシュトラール。
「いずれ、こうなってしまうのではないかと思っていました。・・・シュトラール、貴方は幼い頃の私のようだ・・・。 そして今度は私が、そんな“私”を変える存在となる」
剣を構えるシュトラールと、鞘に納まる刀を握る朝孝。
聖都が誇る二つの“正義”、そして二つの“最強”が、互いの思惑をその刀剣に乗せぶつかり合う。