窮地脱出
異様な現象の引き金を引いたシン達。その代償に、世界を旅する少年ヘラルトを失う。白馬の散り際を見るに、恐らく彼はもういなくなってしまったのだろう。
再び落下していくシンは、最初の落下の時とは違い高度は低いものの、それでもまだ大怪我を免れない高さであることには変わりない。そしてリヴァイアサンとの距離も空いたことで、水の魔法による妨害からは逃れられた。
「水面が近づいたら、私が魔法で受け止めるわ!ただ・・・、それよりも先に貴方が落ちてしまっては、元も子もないけどね」
シンの落下を追うように飛んで追いかけるウンディーネは、辛そうにしながらも彼を安心させようと言葉を掛ける。が、やはりその小さな身体で、一般的な人間の質量の落下に追いつけるほど、彼女の飛行能力は高くなかった。
薄々シンもそれには気がついていた。彼女は無理をしている。それに、距離が開けば開くほど、ウンディーネの能力だけでなくその身体も薄くなっていたのだ。
この状況を脱する為にも、落下の速度を落とす別の手段を考えなければならない。すると、またしても彼に意外な人物からの救いの手が差し伸べられることになる。シンの身体が、突然急降下を止め、緩やかに降下し始めたのだ。
「こッこれは・・・!?」
彼を窮地から救ったのは、海面でシンが落としてしまったと思っていたボードに乗るキングだった。彼はシンの落下地点付近の海面に留まり、二人の方へ手を伸ばしていた。
「アンタはッ・・・!」
「暫くぶりぃ〜。空から何やら面白そうな物が落ちて来たんでねぇ。そいつを拾いに来たついでにね」
まるで身体にかかる重力が無くなったかのように軽くなる。そのままゆっくり海面付近まで降ろされると、キングはシン身体を担ぎ、ミア達の乗る船に向かってボードを走らせた。
「あんなところで何やってたの?わざわざあんな怪物に飛び乗るなんて、普通じゃぁないよねぇ〜?」
どうやらキングは、リヴァイアサンの身体に起きていた異変に気づいていない様子だった。無論、大波や魔法の様子から最初の時より弱体化していることには気づいていたが、その後頭部から背にかけての呪いについては知らなかった。
彼に全てを正直に伝えていいものかとシンは思ったが、キングの持つ知識や情報網があれば、何かわかるかも知れないと、シンは彼にリヴァイアサンの背で起きたことを話した。
「・・・見たこともないような文字ぃ?それに黒い穴だぁ?見てみねぇことには分からんよねぇ・・・」
「全てではないけど、一部なら私が再現できるわ」
そう言うとウンディーネは、自身の魔力で水を操り、宙にリヴァイアサンの背に刻まれていた文字の幾つかを浮かびあがらせた。操縦の片手間に、それを視界に入れるキング。
だが、各国に根を張る彼の情報網を持ってしても、彼女の見せた謎の文字に見覚えはないようだった。やはりこの世界の文字ではないのだろうか。ならば考えられるのは、シン達がやって来た現実世界の文字ということになる。
しかし、こんな時の為の白獅との連絡手段が役に立たない。何故か彼は、シンの声に答えないのだ。向こうで何かあったのだろうか。
シンは自身の学の無さを悔やんだ。どうしてあの時逃げてしまったのかと。学舎での虐めが、彼の学びに対する姿勢に大きなトラウマを残したのだ。それ以降シンは、一人でいる時に学校でやるような調べ物や筆記をしていると恐怖に駆られるようになってしまい、知識を得ることに抵抗を覚えてしまった。
暫くボードを走らせると、すぐにミア達のいる船に到着した。キングはシンを下ろしミアとツクヨに彼を預けると、そのままツバキのボードで立ち去ろうとした。
「おい、アンタそれッ・・・!」
「おいおい、俺ちゃんはソイツの命の恩人だぜぇ?これは謝礼ってことで貰ってくよぉん。えらく面白い玩具だ、気に入ったぜぇ!」
そういうと彼は、どこで操縦を覚えたのか、シンやツクヨ以上の技術で海原を駆け抜けていった。
船には先に運ばれていたマクシムがまだ、意識を取り戻していない状態で眠っていた。疲労で椅子に寝込むシンに変わり、漸く主人の元へ戻ってきたウンディーネが、リヴァイアサンの背で起きた出来事をミア達に伝える。
だが、やはりシンと同じくミアやツクヨでも、謎の文字の解読は不可能だった。つまり、一般的にあまり目にすることない文字であることが窺える。それと同時に、本当にこの文字の謎について分かる日が来るのか、少し不安にもなったシン。
彼らが話している間に、マクシムが目を覚まし起き上がる。初めは見知らぬ天井に警戒していたが、ツバキの姿を見ると、彼は安心したように肩の力を抜いた。そして事情を聞き、彼らはマクシムをエイヴリーの船に送り届ける為、レールガンの積まれた戦艦を目指す。




