女帝の帰還
前線へ向かうシン達の頭上を、熱を帯びた光が暗雲を切り裂きながら飛んで行く。迫る音に気づいたシン達は、頭上を見上げる。だが、通り過ぎたその光はあまりに速く、彼らが見上げた時には既に飛び去った後で、本体は前方のリヴァイアサンに飛びかかっていた。
「あつッ・・・!これは・・・火の粉?一体何処から・・・」
「シン、あれを・・・。どうやらアイツらも間に合ったようだな」
後ろを振り返ると、後方に赤い色の船体をした船が群れを成して迫っていた。三人とも見覚えのあるその船団は、共に幽霊船を有する海賊、フランソワ・ロロネーと戦ったチン・シー海賊団のものと見て間違いなかった。
「あれは・・・チン・シーの船団だ!良かった、無事だったんだな・・・」
ロロネーによる襲撃で痛手を追っていたチン・シーの船団。彼女らはハオランを先に向かわせ、体制を立て直すのに尽力していた。それがどうやら完了したようだ。
チン・シーお得意のリンクによる連携弓術で、遠くからリヴァイアサンを狙撃して見せたのだ。炎の鳥はすぐに消えてしまったが、リヴァイアサンのブレスを外らせることには成功した。
「さぁ次だ!弓兵は並び、火矢を構えろ!」
横に並んだ船団の上で、弓兵が陣形を組み火のついた矢を構える。そしてチン・シーのスキル、リンクを発動しそれをフーファン率いる妖術隊が、範囲と能力を広範囲へ拡散。弓兵の心と感覚を一つにし、寸分の狂いもなく一斉に矢を放つ。
「どうやら間に合ったようですね」
「これでハオランとも、合流できるです!」
何とか遅れを取り戻したことに、ホッと胸を撫で下ろすシュユーとフーファン。だが、チン・シーの表情は、何か嫌な予感を察したかのように曇っていた。
「レイドには、エイヴリーやキングもいる筈だ。それに恐らく、他にも有数の海賊達が駆けつけていることだろう。普段なら取り返しのつかない遅れだ・・・。だが、これは一体どういうことだ・・・」
主人の声に、前方で暴れ回るリヴァイアサンの方を見つめるシュユーとフーファン。彼らの一撃により跳ね上げた大口から放たれたブレスが、綺麗に暗雲立ち込める天空を切り裂いているのを見て、何やら普通ではない戦況であることを察する。
「何だ・・・あの威力は・・・」
「お空が真っ二つになってるですよ・・・!」
可笑しな空気を悟るシュユーと、その異様な光景に子供らしく目を輝かせるフーファン。船員達もどこか只事ではない雰囲気を感じているようだった。
それもその筈。彼らはこれまでに何度もレースに参加している。その中でレイド戦といえば重要なファクターであり、上位を狙う者であれば決して無視できるものではない。
故に、他の競争相手が来る前にレイド戦を終わらせるか、それができない場合は出来るだけ相手を弱らせ、ダメージによるポイントを稼ぐのが普通。その重要性は、レースの常連であればあるほど深く理解していることだろう。
ましてや、エイヴリーやキングであれば尚更だ。それに彼らはレイド戦を自分達だけで片付けてしまえるだけの、戦力を有している。現に、これまでのレースでもトップ争いをする彼らは、そういったポイントの奪い合いを繰り広げてきたのだ。
それがどうだろう。海賊の中でも屈指の実力を誇る二人がいながら、レイド戦がまだ続いているのだ。それだけではなく、他の有数の海賊達がいても終わらないレイド戦など、これまでに経験したことがなかった。
もう間に合うことはないだろうと思っていたチン・シー。だが、この異様な光景を目の当たりにして、海から覗かせる巨体が、ただのモンスターではないことをすぐに感じ取ったのだ。
「嫌な予感がするな・・・。だが、妾がやる事は一つ。あのデカブツの首を頂く、それだけぞッ・・・!」
チン・シーによる思わぬ援護のおかげで、急死に一生を得たエイヴリー海賊団。回復していたシャーロットの魔力も減らす事なく、レールガンを失うこともなく、無事に脅威を避けることが出来たことに、思わず大きなため息が漏れる。
「はぁ〜・・・。一時はどうなることかと思ったが・・・。あの女、今回はえらい大遅刻だったな」
エイヴリーは何故チン・シーが遅れたのかを知らない。彼女の身に何があったのか、一体何と戦っていたのか。恐らくロロネーをこの場まで連れてきてしまっていては、もっとややこしいことになっていたに違いない。
計画実行までの時間を得た彼らは、チャンスを無駄にせんと待機させていたリーズに準備をさせる。レースガンの砲身の先に眷族を複数配置し、本人はリヴァイアサンの頭部の近くで待機。
そして船内にいたシャーロットも回復が完了し、これで目論み通り全力で能力を行使できることだろう。彼女はレールガンの射線上、リヴァイアサンとやや離れた位置の海上に待機させる。
最も重要となるレールガンの装填も完了し、あとはリヴァイアサンのタイミングを図るのみとなった。




