病の元凶
彼らが駆けつけた時には、既にその場にはアンスティスが居た。デイヴィスのところの船員が、必死の形相でスミスを探す少年を見て哀れんだのか、彼にもその場所を教えていたようだ。
「先生ッ!どうしてまたッ・・・。何故そうまでして・・・」
「おい!これは一体どういうことだ?何でスミスがここで倒れている?」
その場にいた船員がこれまでの経緯を、デイヴィスに説明する。だがそれは、彼を呼びに来た船員の話と大差はなかった。違った部分といえば、アンスティスがスミスの失踪を知った途端に診療所を飛び出し、町中を駆けずり回っていたということ。
「小僧、さっき“また“と言っていたな・・・。以前にもこんなことがあったのか?」
デイヴィスがアンスティスに声を掛けると、暫くの沈黙を経てその小さな口を開く。彼が察した通り、スミスは以前にもアンスティスに行き場所を告げずに、何処かへと行ってしまったことがあるらしい。
その時は診療所から離れた民家で見つかったそうだ。だが、今回の様子とは違い、スミスは元気でいたのだという。少年が何をしていたのかと彼に問うと、病に苦しむ住人にせめてもの痛み止めを持って来ていたのだ。
どんな扱いを受けようと、スミスは献身的に町の人達の為に尽くしていた。同時に病について研究を重ねてはいたものの、その治療法に辿り着くまでには至らず、彼が作り出せたのは、病の発症を抑える薬だけだった。
それでもこの町には、スミスの作り出した薬でしか、病に抵抗する手段がなかったのだ。町長が近隣諸国に出した手紙に返事が来て、大きな医療施設を借りられればもっと研究は進んでいたのかもしれない。
「先生は既に病を患っている・・・。もうこの薬じゃ止めようがないんだ!だから安静にしてなきゃいけないのに・・・。何で先生に罵声を浴びせてきた奴らの為にこんなッ・・・」
どんどんと喋る声に力がなくなっていくアンスティス。しかし、デイヴィスは少年の人情噺よりも、スミスに掛けられている容疑と動機について考え始めていた。
もし彼が病を広げた犯人だとして、わざわざ住人を救うメリットとは何か。患者の容態を見て、病の進行具合や薬の効き目を研究していた可能性も十分にあり得る。
しかし、それでは何故こんな町中の路地で倒れているのかが分からなかった。誰にも話すことなく、病の症状や薬の研究が進んでいたのなら、それこそ進行を遅らせる薬や、治療方法を確立していてもおかしくない。或いは病自体をコントロール出来る様になっていれば、国を相手にテロを起こすことも出来る。
その為の予行演習をこの港町で実行したのか。それとも、まだ研究段階であったのか。
海の旅の中で様々な人間を観てきたデイヴィスは、人助けをする者を手放しで善人だと思えなくなっていた。人が何かをする時には、必ずその動機と見返りがあるのだと。
「一つ、聞きたいことがある。スミスの作り出したこの予防薬は、何処まで病を抑えることができるんだ?」
何故それを今聞くのかと、不思議そうな表情を浮かべたアンスティスは、デイヴィスに疑問を抱きながらも、彼の質問に答えた。
「予防薬はあくまで予防薬さ・・・。健康な人間がこれを服用したところで、完璧に病から守られる訳じゃない。先生の記録によれば、外での過度な運動や重症患者との接触や密接で、その効果は失われてしまうんだ・・・」
少年の話から、つまり病にかかっている者と一緒にいればそれだけでもリスクを伴う病らしい。そして外での過度な運動によることで起きるのは、深い呼吸だ。息を切らすことで空気感染のリスクは高まる。
漁師達の多くが感染していたのは、仕事の関係上のもの。そして進行が和らいでいたのは、スミスの薬が何らかの作用で効いていたということなのだろう。
アンスティスは町長や町の住人達へ薬を届けることには、反対しているようだ。だが漁師達は、条件さえ飲めば食料を分けてくれる為、少年は取引に肯定気味だったということらしい。
「スミスはいつから病に?」
「え?町に病が流行り出して、いろんな患者を診察するようになってからだよ・・・。普段は冷たいくせに、そういう時だけ助けを乞うんだ!そんな卑しい奴らの為に、先生まで病に・・・」
近隣諸国からの助けもなく、港は海賊すら満足に立ち寄らなくなるほど病に冒された町。蓄えを使い続ける町長サイドと住人達。動ける者達の漁で食料を調達する漁師サイド。
現状はだいぶ緊迫している。このままではこの港町は、数年と保たないだろう。病が流行り始めた頃に感染したということは、初めに症状が現れ始めてからそこそこの時間が経過していることになる。
そこでデイヴィスが注目したのは、軽度の症状であろうと患者と一緒にいることは、予防薬でも感染を抑えられないリスクであることだ。感染自体は広まりやすいが、そのことが直接病の進行度に影響する訳ではなさそうだ。
その証拠に、町長の籠る建物で見た者達も、漁師達のログハウスで見た者達も、感染こそしていても、重度の錆で覆われている者は少ない。
「とりあえずスミスをこのまま放置する訳にもいかない。彼に直接触れても大丈夫か?」
「待って!接触はリスクが高い。今、アンタんところの手下に診療所から担架を持って来させてる」
「手下じゃなくて“仲間“だ。忠告ありがとよ。そんじゃぁ担架の到着を待つか・・・」
暫くすると、アンスティスが言っていた通り、担架を持った船員がスミスの倒れる路地にやって来る。スミスの元で学んでいるだけあって、手際よく船員達に指示を出し、スミスを担架へ乗せると、彼を診療所まで運ばせた。
それほど時を置かずして診療所へ辿り着くと、スミスをベッドに移し替え、感染リスクを抑える為、デイヴィスとアンスティス以外の人間を部屋から出した。
落ち着きを取り戻し、安らかに眠るスミスの傍で、彼の身体に現れている症状を確認するアンスティス。これも師であるスミスから学んだものなのだろうか。口は悪いが、その働きぶりは一人前の医者のようだった。
「病の調査について進展があった」
「・・・・・」
デイヴィスがスミスに町の現状を聞き、薬を服用しながらあちこちに聴取を取り行ったのは、仲間の病を治す為。その為に自由に動けぬスミスの代わりに病の事を調べた。
だがスミスは今、気を失っている。デイヴィスが調査してきたことを、彼の助手であり弟子であるアンスティスに伝え始める。落ち着いてはいるが、当然それどころではないであろう少年に、まるで壁にでも話しているかのように調査結果を告げるデイヴィス。
「この病は、人為的に拡散させられたものとみて間違いない。何者かの策略によって、この町は破滅の道を辿ろうとしている」
「・・・俺に言われても分からないよ・・・。先生が目を覚ましてからッ・・・」
振り向きもせずスミスの看病を続けるアンスティス。やっと口を開いたかと思ったところに、デイヴィスはそれを遮るように言葉を連ねる。
「分からねぇこたぁねぇだろ。なら、直接聞いてやろうか?」
「・・・?」
「何で、“お前だけ病にかからねぇ“・・・」




