海を統べるもの
言葉や文字にすればそれなりに長いことだが、彼らの前で起きたその出来事は、不意にした瞬きと大差無い一瞬の事だった。刹那の光を捉えたと思ったら、その目には雲海を走る雷の残像だけしか映っていなかった。
幾つかの雷光の残像と、レールガンから放たれた大きく太い雷撃の動線。光は一箇所に集約し、ぶつかり合う。だが、エイヴリーのクラフトした兵器の威力は凄まじく、例え天からの雷撃に阻まれようと消滅することはなかった。
しかしながら、その勢いは一体目の蟒蛇を退けた時よりも大きく勢いとエネルギーを削がれてしまい、目標の雲に巣食う蟒蛇の身体に届く頃には、とても致命傷を与えられるようなものではなくなってしまっていたのだ。
「砲撃、目標に命中ッ!し・・・しかしこれは・・・。途中の雷にでしょうか・・・。肉眼では確認できませんでしたが、吸い寄せられるように集まる雷のせいで威力殺されてしまったようです」
「それで?結果はどうなった」
肉眼で直接見える限りでは、蟒蛇の身体に大きな損傷もなければ、痛手を与えたといった様子は伺えない。これでは折角の最大戦力もかたなしだ。雲海からの雷撃は偶然のものなのか、将又蟒蛇の意思によるものなのか。
「だ・・・ダメです!多少の鱗を剥がすことは出来ても、それ以上は・・・。それに剥がした鱗はすぐに再生しています。これでは・・・」
「構わん、もう一発だ。準備は既にしているな?これが偶然であるのか、奴の仕業であるのか、確かめる必要がある・・・そうだな?」
すると、戦艦の中から外の様子を見ていたアルマンとヘラルトが姿を現し、天を這う蟒蛇を見上げる。中に取り付けられたモニターで見るのとは、全くの別物だったようで、アルマンは初めて見る光景にやや嬉しそうな表情をしていた。反対にヘラルトには刺激が強かったのか、少し怖がっているようにも見える。
「あの魔物の事について何も分からない以上、データを集めるのは重要な事になってくるだろう。ただ私の見解では、アレは偶然とは思えんな・・・。我々の戦艦やレールガン本体に雷が落ちてくるなら理解できるが、こうも正確に射出された雷撃に一斉に向かっていくなど不自然だ・・・」
「時期に分かるだろうよ。俺もそんな気はするがな・・・」
エイヴリーは、一体目の蟒蛇を撃退した後に聞こえて来た謎の声を思い出していた。その声によると、彼らが撃退してのはどうやら幻影だったらしく、声の主は人間では無いようだった。
そしてエイヴリーが一番気になっていたのは、その声が語っていた言葉の中には、誰かが裏で声の主を差し向けたかのような言葉が含まれていたこと。それも一度や二度ではないのか、声の主は海域に集まった海賊達を見ながら呆れるように言葉を紡いでいたのだ。
しかし、このレースの常連であるエイヴリーやキングに、このような巨大な蟒蛇と戦った記憶はない。それとも世界の何処かで行われる、同じような催しものや街を防衛するような襲撃タイプのレイド戦に駆り出されていたのだろうか。
レールガンの再装填を待ち、各々が様々な視点からの考察に夢中になっていると、それまで驚きのあまり開いた口が塞がらなかったヘラルトが奇妙なことを言い出した。
「巨大な蛇の姿に龍のような鱗と鰭・・・。それにあの声は・・・。まるで何処かの書物で見たよう神話の生物のようだ・・・」
少年の呟いた独り言に、エイヴリーとアルマンは様々な可能性を考慮し作戦を練っていた脳を思わず停止させ、互いにヘラルトの言葉に何かを見出したかのように視線を交わすと、少年の口にした“神話の生物“について尋ねる。
エイヴリーやチン・シーのように、海を渡り世界を旅する海賊達と同じように、彼もまた幼いながらも様々な世界を旅し、その知識と奇妙な書物を集めていた。彼の所有していた書物は、アルマンにとっても参考になるものから、まるで誰かが作り出した夢物語のようなものまで様々だった。
その中には、シン達の元いた世界のように、人間が生まれる前の話や神々の話を題材とした、所謂神話の話が記された書物も多くあったのだ。現実主義のアルマンはあまり興味を示さなかったが、エイヴリーはレースの序盤など時間が余った時に、暇つぶし程度にその類の書物に目を通していた。
もしそこに記されていたことが実在するというのなら、まさしく目の前に立ちはだかるこの巨大な蟒蛇もまた、そういった類の話に出てくる生物の一体なのかもしれない。
「神話の生物・・・?何だ、話してみろ」
「えッ!?ぁ・・・あの、嘘か本当かも分からないような話ですよ?」
「構わん、話せ」
世界の成り立ちや歴史、伝承など人々が忘れてはならない過去からの言い伝えを語らう詩人のように、少年は過去に読んだ書物の内容を思い出し二人に語り出す。
「海を統べる神が作り出した神獣。その巨大さや如何なる攻撃も通用しないその姿はまさしく、神話を元に作り出される物語に登場する“リヴァイアサン“そのものです・・・!」




