名誉の称号
巨大な隕石が落ちてくるかのように、周囲一帯を覆い尽くす影が掛かる。両断された蟒蛇の身体が海面に触れると、弾け飛ぶように水飛沫が上がり、大きな波を起こす。
再び発生した大波から逃れるように移動していたハオランとスユーフ。しかし、蟒蛇の身体の近くにまでキングを運んだ船は、大波のすぐ側で静止したまま動く気配がない。このままではキングが逃れる為の移動手段が無くなってしまう。
スユーフはキングを乗せて来た船と、蟒蛇の身体を両断し、海へ落ちていくボスの姿を目にした刹那、強引にハオランの握るハンドルを奪い戻る道が過った。だが、そんな彼の心配を振り払ったのは、彼と同じくキングに仕える幹部の者達だった。
水面に広がる波紋のように、巨大な波が周囲へ押し寄せようとしたところで、その大波は動きを止めた。時間を止められたかのように、水飛沫の一粒一粒まで動きを止める。周囲の景色を映し出す、水の幻想的な光景が広がる。
蟒蛇の身体が海に沈んでいくことで新たな波が発生するはずだが、スライムを叩いたかのような振動が伝わるだけで、それ以上の波が起こることはなかった。
「水が・・・これは一体・・・?」
「こ・・・こんなことが出来るのは、トゥーマーンしかいない」
水の魔力を扱う者自体は、この戦場に多くいる。しかし、この状況においてキングの側におり、彼を救出する為に大規模な魔法を発動させるのは、彼に与する者か配下の者しかいない。
「期待してたよ~ん、トゥーマーンちゃん!」
「全く無茶をし過ぎですわ・・・。貴方の力があれば、何も直々に赴かわなくても・・・」
彼女は固定されている大波の形を変えスライダーにすると、落下するキングの元へ伸ばし自分の船へと滑り降りれるようにする。立ったまま水流を滑るようにして下るキングは、まるでアスレチックで遊ぶ子供のようにはしゃぎ、今が戦闘中とは思えない程、楽しそうな表情をしている。
「トゥーマーンちゃんは少しお堅いのよね。何事も難しく考え過ぎないで、本能のままに赴くままに楽しむことも、時には大事よぉ?」
トゥーマーンの魔法で作り出された水路を降り、迎えに来た彼女の船に降り立つキング。早々に彼の持論で、真逆のような性格の彼女へ説教が始まる。だがどう考えても、トゥーマーンの方が正しいのではないかと、内心思った言葉を飲み込む船員達だった。
「命が掛かっているのです。慎重にもなりましょう。貴方やジャウカーンが無鉄砲過ぎるのでは?スユーフやダラーヒムなら、私の考えに賛同して頂けると思いますよ」
キングの危険を顧みない行動に、いつも肝を冷やしている彼女が反論をすると、キングはその肩を優しく叩き、何の為に彼が彼女らをシー・ギャングの幹部に任命し、自由にさせているのかを語る。
「なぁ~に言ってんの!その為に俺ちゃんが一緒にいるんだから。君達を?守るのが?俺ちゃんの役目ぇ~。だから君達には、心置きなく力を発揮して欲しい訳さ。・・・それだけ俺のこと分かってくれてるらな、もう少し頼ってくれてもええんよ?」
「しッ・・・失礼をいたしました。何も信用していない訳では・・・!」
余計な心配と手助けをしてしまったのかと、キングへ謝罪するトゥーマーン。しかし彼は、慌てる彼女を諭しリラックスさせるように言葉をかける。周りへの気遣いを重んじ、本来の力を制御してしまっているトゥーマーンの悪い癖を克服させようとしているようだった。
「要するに、肩の力を抜ってことよぉ~。トゥーマーンちゃんが思うほど、俺や他の幹部の奴らはやわじゃないよ?だからもっと、好き勝手に暴れちゃってよ!トゥーマーンちゃん?」
本来の彼女であれば、もっと実力を出せるはず。キングは彼女の心にある不安要素を忘れさせることでリミッターを解除し、彼女を幹部たらしめる実力を発揮させようと発破をかけたのだ。
「・・・分かりました。確かに少し堅くなっていたかもしれませんね。善処しますわ」
「うんうん!それでこそトゥーマーンの称号を冠するだけの逸材だね。・・・んじゃ!後始末よろしくぅ~」
そういうとキングは、自身のしでかした事で発生した大波の後始末を彼女に丸投げした。勿論、無責任だった訳ではない。万が一のことがあれば、キングがその力を解放し、仲間達の船を守る準備はしてあった。




