現世の来訪者 ツクヨ
日本のことについて知るこの男が、ミアの想像通りの境遇にあるのであれば、協力関係になれるかもしれない。
またメアの時のような高難易度のクエストが、いつ現れるやも分からない。ミアは、一度態度を改め、再度男に質問の機会を得ようと試みる。
「突然で悪いのだが、話を伺いたい。 私は冒険者をやっている者だ、名をミアという。 貴方の言う通り、日本という国に通じる者だ」
男はミアの言葉に驚いているようだった。
彼自身、日本を知る者に出逢うのは初めてのようで、共通の話が出来る相手に希望を見る様子が伺えた。
「私も貴方にお聞きしたいことがあります」
今にもこの場で話を進めそうな雰囲気の二人を見て、間に入るように男を追って来た女性が口を開く。
「あのぉ・・・、立ち話もなんのなので、場所を変えませんか?」
彼女が提案してきたのは、驚くことに騎士隊の兵舎だった。
高貴そうな金色の髪に、身支度が整えられた活発そうな女性の名を、シャルロット・アムール・サンパティー、聖騎士隊に所属する騎士の一人で、聖都に現れた世間知らずで、行く宛てのないこの男の面倒を見ているのだという。
そして、男の方はミアの想像した通り、この世界の住人ではないそうだ。
彼もまた高貴な格好に騎士が身に付けるような立派な羽織りものをしている。赤黒いサラッとした髪に好青年を連想させる優男。
キャラクター名はツクヨ。本名を、十束 月詠という。
なんでも、現実世界でWoFのログイン画面を開き、キャラクターを選択したところ、いきなりこの世界に飛ばされたのだという。
彼は普段ゲームをやるような人ではないそうで、バグに巻き込まれたのは、とあることを調べるためにWoFを開いたのが原因だった。
ゲームの知識に乏しく、アイテムの使い方からログアウトの仕方など、プレイヤー特有の便利ツールを何も使うこともなく、正にこの世界の住人と変わらぬ生活をしているようで、転移した、ここ聖都ユスティーチを彷徨っているところ、シャルロットに助けてもらったのだそうだ。
ある程度、お互いの自己紹介を話している内に、ミアは聖騎士の城内へと戻ってきていた。そしてそれから間もなく、シャルロットの暮らす兵舎へと案内される。
自室へ戻ってくると、シャルロットは二人を椅子へ座らせ、お茶の支度をしてくれた。
「ツクヨさん、貴方がプレイヤーであり、現実世界から来たことは分かった。 それで、ゲームをやらない貴方が何故キャラクターを・・・?」
道中、話を聞いている時に疑問に思ったこと。
彼が何故WoFのキャラクターを所持しているのかについてだ。
アカウントを作っただけにしてはツクヨは大分育ったキャラクターを所持している。これはミアやシン程にはないにしても、ある程度プレイしていなければこうはならない。
「これは・・・、私の作ったキャラクターではないんだ。 ゲーム好きの妻が、いつでも一緒に遊べるようにと、私のキャラクターを作ってくれていたんだ」
ミアは、ツクヨのキャラクターの出生よりも、彼が既婚者だというのに驚いた。
「ま・・・待ってくれ・・・、アンタ・・・既婚者だったのか!?」
「これは・・・、まぁ・・・妻の好みだったのだろう。 実際はもっと歳を食っているからね。 それに16になる娘も一人いる」
キャラクターメイクは人それぞれ考え方も違うもので、実際の自分に近づける人もいれば、自分の理想の見た目にする人、奇をてらった見た目にする人など様々だ。
当たり前といえば当たり前の差異でもある。
「一緒に・・・、遊んでやれれば良かったんだが・・・」
ツクヨの表情が曇る。
それは彼がWoFに触れるきっかけでもあり、彼の懺悔でもあった。
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十束 月詠は中小企業に勤める、ごく普通のサラリーマンだった。
取引先で出会った妻と結婚する。お世辞にも裕福などとは言えない生活ではあったが、二人は幸せな日々を過ごしていた。
そして子供が生まれると、妻は会社を辞め、子育てに専念する為、専業主婦になる。
子供が産まれたこともあって、お金が掛かるようになり、月詠は残業で家にいる時間が少なくなっていく。
月詠は、家族のために働いたが、子供の世話は妻に任せっきりになってしまう。
子供の入学式や、運動会などの学校行事にも仕事で行くことは出来ず、誕生日やクリスマスも、いつも帰りは深夜になってしまい、娘には寂しい思いをさせてしまった。
それでも、妻の育て方が良かったのか、娘は父親の事情を分かってくれる優しい子に育ち、休みの日にも何処かへ行きたい気持ちを抑え、月詠を困らせまいとしていた。
育児の空き時間に、妻の趣味でもあったゲームで、彼女はいつか家族で遊びと話していたWoFを始め、ちょっとづつ進めていた。
娘もこれに興味を持つと、妻と一緒によく遊んでいるのだと楽しそうに月詠へと話してくれていた。
所謂一般的な、慎ましい日々を過ごしていた一家に、それは突然訪れた。
ある日、残業で帰りが遅くなった月詠が、深夜に家へ帰ってくると、電気は消えているのに、玄関の鍵が開いていたのだ。
月詠は、たまたま妻が閉め忘れたのだろうぐらいにしか思わなかった。
玄関のドアを開け、起こしては悪いと思い真っ暗な家の中を手探りですすんで行く。
すると、靴下に何かが染み込んでくるのを感じた。
何か踏んでしまったかと、足の裏を手で触ると、液体が手に付着する。暗くもあり何が付いたのかよく見えなかった月詠は、着替えも兼ねて洗面所へと向かう。
明かりや物音で、妻や娘を起こさないようにと、洗面所へ入ると音を立てないようにゆっくりと扉を閉める。
そこで初めて電気をつけ、上着を脱いで洗濯機へ入れようとした時、首元が何かで汚れているのが目に入ってきた。
乾いた血のようなものが付着していたのだ。
首でも怪我したのかと思い、手で首の裏をさすってみるが特に痛みもなく、触った手を確認してみると、月詠の手は真っ赤に濡れていた。
そういえば、廊下で何かを踏んで確認した手と同じ手であったのを思い出し、上着からスマートフォンを取り出すと、その光を頼りにゆっくりと廊下の床を照らしていく。
そこで彼は信じられないものを目にする。
照らしていった先には、家にあるとは思えない程の大きな血溜まりがあり、そこには・・・
倒れた、娘の姿があった。