優先すべきもの
一人、高密度のエネルギーを蓄える蟒蛇の大口へ向かったマクシム。同じ幹部の仲間、ロイクの召喚したドラゴンに跨り、上顎の牙へと向かう。蟒蛇の攻撃が放たれるよりも先に何とかしなかれば。
当然、何か考えがあって船を飛び出したマクシム。彼は鋼糸をぐるぐると巻いた束を手にすると、先端を伸ばし束の方を牙に向かって投げる。すると、鋼糸の束は蟒蛇の牙の表面に貼り付き、固定される。
マクシムは束から伸びる鋼糸の先端を手にしながら、今度は蟒蛇の下顎の方へと向かって降下していく。鋼糸はまるで風に靡く糸のように揺らめく。風に煽られ、束から鋼糸が引っ張られ余分にたるみが出来るが、マクシムは気にすること、手にした鋼糸の束の先端を、今度は下顎の牙に接近し投げると巻き付いて固定される。
彼は再び上昇していくと、同じ動作を牙を一個ずつズラしながら繰り返していく。何処まで繰り返すつもりかは定かではないが、この調子では蟒蛇の大口に集まるエネルギーの放出までには間に合いそうもない。
「マクシムッ!かせッ!」
一人で蟒蛇の大口の前で往復するマクシムのところへ、一匹のドラゴンがやって来る。そして乗っていた船員が、彼のしようとしていることを察し、手を貸そうと声を掛けてきた。
「ロイクッ!?何故こんなところにッ・・・。アンタも早く逃げるんだッ!」
「お前は何故残っている?」
「それはッ・・・」
人に逃げろと言っておきながら、自分がここにいることへの矛盾に一瞬、理由を話そうかどうか悩むマクシム。この危険な場所に残り、何をしていたのかを話せば、ロイクはきっと手を貸してくれる。
だがそれは、彼をも危険に晒すことに繋がる。自分自身の命だけなら捨てる覚悟はあった。しかし、別の誰かの命が関わって来ると、急に責任感が姿を現し覆い被さって来る。
「これ程の高密度のエネルギーだ。いくら船長の能力であっても、全員を救うのは難しいはず・・・。こいつを討伐するなら、船長の能力は必ず必要になって来るだろう?少しでも負担を減らさねぇと・・・」
「それでお前が犠牲になろうとしているのか?今、しようとしていることが成就したところでお前はどうやって逃れるつもりだ?」
「・・・・・」
マクシムはそこまでのことなど考えていなかった。蟒蛇の攻撃を阻止出来ればそれだけでいい。その後自分がどうなろうとも。ロイクは彼のそんな心境を見抜いていた。自分が同じ立場でもきっと、彼と同じことをしただろう。
仲間を大勢救える可能性があるのなら、それを試さない手はない。マクシムのそんな思いが分かってしまったからこそ、ロイクは手を貸さずにはいられなかったのだ。無論、彼も自身も犠牲になるつもりはない。そして、エイヴリーもそれを望んでいない。だからこそ、引き止めることなく彼をこの場に残し、仲間達を連れ離れていったのだ。
「船長はお前の犠牲など許しはしないぞ・・・。だからお前を残したんだ。さぁ!二人ならもっと早く終わるだろ?早くその手にしている物を俺にもかせ!部下を持つ立場なら、他人の命を一緒に背負うことに臆するな!」
先のことも考えず、自分に出来ることをしようと残ったマクシム。犠牲も厭わなかった彼の心に、ロイクの言葉が突き刺さる。エイヴリー海賊団の幹部であるロイクまでも失うこととなれば、それこそ船長に示しがつかない。
「・・・誰が臆してるってぇ・・・?」
幹部を長く務めるマクシムが臆しているなど、ロイクは本心から言った訳ではなかった。ただ一歩を踏み出せずにいる彼の背中に発破をかけただけだった。そして彼はその期待に応えてくれた。これでもう迷いは消えたことだろう。
マクシムは手に持っていた鋼糸の束を、ロイクに向かって投げ渡す。
「おっ・・・おい!何個渡すんだ!?」
「半分だ。アンタから言い出したんだから、最後まで付き合って貰うからそのつもりでな」
「・・・少しは遠慮する奴かと思っていたが、どうやら思い違いだったようだな・・・」
やれやれといった様子で笑みを浮かべるロイク。複数個の束を持ちながら二人はそれぞれ、蟒蛇の両端の上顎へ向けて上昇していく。束は牙に投げることで引っ付き固定されるが、鋼糸の先端は各々で牙に固定させるしかなかった。
マクシムは自身のクラススキルを使い、固定させることが出来るがロイクはそうはいかない。しかし、彼もまた自身のクラススキルを巧みに使って、マクシムに遅れを取らない速度で作業を完了させていく。
ロイクは標的に向かって弾丸のように直進するモンスターを召喚すると、それに鋼糸を括り付け、蟒蛇の牙に向かって撃ち放つ。モンスターは空気抵抗や風の影響を受けることなく、銃から撃ち放たれた弾丸のように直進し、蟒蛇の牙に命中する。
巨大な牙に小さな穴が開く。モンスターに括り付けた鋼糸ごと、牙の内部に残り見事固定させることに成功した。ロイクは一度コツを掴むと、手際よくマクシムから受け取った束と鋼糸を上下の牙に引っ付けていく。
互いに手持ちの束と鋼糸を固定し終える。作業に入って仕舞えばあっという間の時間だった。蟒蛇の大口は、更に大きく強い光を放っている。それはまるで、破裂寸前の巨大風船のように、いつ撃ち放たれてもおかしくないくらいにビリビリと大気を震わせていた。
蟒蛇の大口の前を、複数本の鋼糸が揺れている。扇風機の前に垂らされた糸のように頼りないが、これはあくまで準備段階に過ぎない。本当の真価を発揮するのはこれからだった。
強烈な光を放っていた、大きく膨れ上がったエネルギーの集合体は、蟒蛇の大口の中で徐々に凝縮されていき、開いていた口が少し閉じ始める。いよいよその時が来たのだ。
蟒蛇の首が僅かに後ろへ下がる。物を投げる時の助走と同じ原理と見て間違いない。凝縮され、美しく綺麗に纏まった高密度のエネルギー体を上手に口の中で止め、首を前に押し出す勢いと共に、一気に放出しようとした。
その刹那のタイミングで、マクシムのスキルが発動する。
「セット!!」
蟒蛇の上下の牙に括り付けられた鋼糸が、彼の掛け声と同時にピンと張りたるみが一切ないギチギチの状態になる。そして、蟒蛇の大口から離れながら掌を広げていたマクシムが、その手を力強く閉じる。
「クラッシュッ!」
上下の牙に固定されていた鋼糸はマクシムの動作と言葉に呼応し、急速に両端を巻き取ろうと接近する。蟒蛇の大きく開いた口は、まるで衝突するように勢いよく閉じると、蟒蛇の口の中でエネルギーの集合体が暴発し、突風が巻き起こされる程の強烈な爆発が起こった。




