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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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戦場を前に揺れる心

 天候は依然として良好。波も穏やかで心地の良い風が吹いている。これから生死を賭けた大一番に挑もうとしているとは思えないほど、環境は整っている。まるで天をも味方につけたかのような後ろ盾を得た一行は、それぞれの思いを胸にレースの山場であるレイド戦の地へと向かう。


 シン達のレースへ参加した一番の目的。それは得体の知れぬ黒いコートの男が、突如異例の飛び入りスポンサーとして持ち込んだ、異世界への転移ポータルを入手すること。代物自体は、レースが行われる海域の何処かに仕込まれているのだという。


 だが、これまでの道中ではそれらしき物を見つけることは出来ず、誰もそのような物の話題は持ち上げていなかった。ツバキやデイヴィスがいうには、この先暫くは島などはないのだという。大陸間で大きく間隔の開いた海域、そこで運営側が用意した、或いは物流の海域を荒らす手に負えないモンスターとのレイド戦が行われる。


 島の財宝やアイテムなどは、その殆どが先行組みに荒らされており、転移ポータルがあるとするならばレイドに参加している参加者の誰かが手に入れているか、その先レース終盤の島々の何処かに隠されているかのどちらかだろう。


 どの道、シン達にとってもレイド戦は急けて通れぬイベントであることに変わりはない。そこを乗り越えて初めて、本当にあるかも分からない転移ポータルの真実に近づけるのだ。


 「何か、色々と巻き込まれて当初の私達の目的が何なのか、忘れてしまいそうなほど大変だったね・・・」


 「全くだ。レースというくらいだから、もっと航海を競い合うようなものを想像していたが・・・。とんだ厄介ごとに巻き込まれたもんだ」


 甲板での見張りを務めていたミアが、交代に来たシンと代わり船内へ戻ると、一人デイヴィスの示す航路を辿る為船を操縦するツクヨの元を訪れていた。黙々と操縦しているだけでは気が滅入るだろうと、気晴らしに話し相手にでもなろうと彼の元へやって来たが、こういった作業的なことが得意なのか性に合っているのか、ツクヨはそれ程疲れている様子はなかった。


 「でも・・・色々な人と接したことで、成長できたような気がするよ。現実では到底体験することの出来ない経験を経て、身体的にも・・・それに心の持ちようとかもね」


 「とてもアンタらしいな・・・。転んでもただでは起きないその姿勢、それに他者を気遣い重んじるところは、現実でのアンタが身に付けてきた人間性何だろうな・・・」


 「・・・そんな立派なものじゃないさ。まだ至らぬところがあった。歳ばっか食って、結局欠陥だらけだっただけなのかも・・・」


 「欠陥だらけだと言うのなら、成長を実感出来たと言うことはそれはもう伸び代しかないってことさ」


 ミアが褒めてくれるなんて珍しい。恐らく彼女の中でも、これまでの厄介ごとの中で変化があったのだろう。他人を突き放し、冷たい印象を与える部分が多く見受けられていたミアだったが、それは現実の世界での月日が彼女をそうさせてしまったのだろう。


 ツクヨ同様、彼女もこちらの世界で欠けてしまったもの、失ったものを埋めているのかも知れない。無論、それはシンも同じだった。本来、友人や同僚など身近な存在などと触れて学ぶはずだったものを、彼は遅れて学んでいる。


 それも様々な人の幻想の中で、命懸けの濃密な時間を過ごすことで、現実世界ではあり得ないほどの強固でかけがえのない絆を育んでいる。彼らのように道から外れてしまった者達には、これ以上ない経験だろう。それ故彼らは、その絆の存在を今はまだ意識していなくとも、命と同等かそれ以上の価値を見出していくことになる。


 ミアとツクヨが操縦席で話している間、シンは甲板でこれから訪れるであろう嵐のような戦いを前に、様々な思いで高鳴る心をこれまでの経験と重ね、落ち着かせていた。


 これまでの戦いも、彼にとって命懸けのものだった。だが今回の戦いは、これまでの戦いとは違い、大人数による大規模なものとなる。一つの目標に、多数の勢力が協力するレイド戦。しかし、彼らは決して仲間ではない。仮に攻撃を仕掛けようものなら、一転して敵となり得るような危険な戦場。


 そんな中でシン達は、デイヴィスのキング暗殺計画に加担し、もし彼がしくじるようなことがあれば、このレースだけでなく近隣諸国の間でも有名なシー・ギャングという大きな組織と対立することになる。


 デイヴィスらは、シン達に迷惑はかけないよう務めてくれると言っていたが、シンは既に彼らに対して、グレイスやハオラン達のような感情が芽生え始めていた。もし彼らが無残に殺されるような場面に直面した時、一切の感情を押し込め見殺しにする事が出来るだろうか。


 すると、静かに甲板へと上がって来る足音が聞こえ、その音のする方へと振り返るシン。上がって来たのはデイヴィスだった。だが、いつもの彼とは少し様子が違って、落ち着いているような物静かな雰囲気を醸し出していた。


 普段とは違う彼の様子に、シンは物陰に身を隠しデイヴィスの様子を伺った。静かに一歩一歩進む彼は、まるで音を殺し忍ぶように船の後方へ歩いていくと、壁にもたれ掛かりそのままズルズルと床へと座って、項垂れていた。


 「・・・そこにいるのは・・・シンか・・・?」


 気づいていたのかと、シンはゆっくり姿を現し彼の方へと歩いていく。


 「悪い・・・。覗き見るつもりはなかったんだ・・・。ただ、アンタの様子がいつもと違かったから・・・。船に酔った訳じゃ・・・ないんだろ?」


 「・・・ふふ、ダメだな。付き合いの短いお前にすら見抜かれるようじゃ・・・」


 これだけ分かりやすければ、恐らく誰でも気付くのではないだろうか。だが、それが分かっていないほど彼は、何かに覆われているのだろう。そしてそれは、普段のデイヴィスからはかけ離れた、恐怖や不安といった負の感情であることは間違いない。

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