限られた力の使い方
身体を蝕まれながらも自身の目的やシン達への想いが、今にも挫けそうになる心と肉体に鞭を打ち、倒れることを拒む。ロロネーの振るう斬撃を受け止める度、その衝撃が骨身に染み、腕の感覚は最早痛みを通り越し何も感じなくなってしまったのではないかと言うほど、自分でも分からなくなる。
「まさかチン・シーんとこのガキ以外に、ここまでやれる奴がいたとは驚きだ。だがあと一歩及ばず、だったなぁ・・・。だんだん力が抜けて来てるぜぇ?」
ロロネーの振り下ろした剣を受け止めるツクヨに、彼自身気付いているのかすら危うい事を口にする。まだシン達の状況が分からない以上、彼は倒れる訳にはいかない。辛うじて受け止めていたロロネーの剣を弾き返し、素早く反撃の一撃を振るうも男は読んでいたかのように後方へ飛び退く。
意識が朦朧とし身体が披露している時、空振りが一番身体に響くという。ツクヨも実際そうだった。だが彼は空を切ったその一撃の威力を緩和し、次の攻撃に繋げる身のこなしを取る。
それは通常の人の動きではあり得ない、布都御魂剣が見せる彼の瞼の裏の世界が可能にする動き。他の者から見れば何もないところを駆け上がっていき、宙を足場に蹴り上げると、後方へ引いたロロネーに再び斬りかかる。
「さっきからお前のその妙な動きが気になっていた。それに何故お前は目を閉じている?最初は足に秘密があるのだと思っていた。エンチャントによる効果の付与で、宙を駆け抜ける能力を付与しているのではないかと・・・。だがどうやら違ったようだ」
ロロネーは攻撃の手数を減らし、ツクヨの攻撃を回避し続ける。そして男は手を動かさなくなった分、口を動かした。今目の前の彼の身に起きている事を、ロロネーは自分なりの経験と推理で、その謎を紐解いていく。
「お前のそれは自身に幻覚を見せ、あたかもそれが現実であるかのように反映させる自己暗示の一種に近い。大概そういった話には、信心深い何かの遺物や伝承にあるような物に宿ることが多い。・・・つまり・・・!」
男は話を無視して攻撃を続けるツクヨへ、それまで動かさなかった手を動かし、手にしていた剣に力を込める。そして素早さと勢いに任せたツクヨの斬撃を弾き飛ばす。もう握力も限界に近づいていたツクヨは、ロロネーのその一撃で布都御魂剣を手放されてしまう。
甲板に転がるツクヨの剣。そして彼の見ていた世界は暗闇に包み込まれ、常人と同じくただの瞼の裏を眺めるだけになってしまった。視界を失い、思わず目を開けるツクヨ。今まで別の光景を見ていた彼は、暗いトンネルから日差しの強い外へ出たかのように目を開けられない。
辛うじて視界に映ったのは、羽織を大きく靡かせて迫る一人の男のシルエット。今にも斬りかかろうとしている男の一撃を、何があるかも分からないまま横へ飛び込み転がる。鉄製のものが床へ刃を切り込む音が聞こえる。
布都御魂剣を手放してしまったことによって、その恩恵を失ったツクヨだったが彼の身体にはまだ、もう一つの力が残っている。その力が彼の身体能力を底上げし、何とかロロネーの攻撃に対応出来るだけの動きを可能にしていた。
奇妙な剣を失ったツクヨに、ロロネーはゆっくり首を回し顔をこちらへ向ける。そして床に突き刺さった剣を持ち上げ、武器を持たぬ彼に素早い斬撃で何度も斬りつける。
見えない足場の力を失ったツクヨは、その身に宿したデストロイヤーの力で、次々に繰り出される男の攻撃を紙一重で避ける。だがそれまでの動きと違うツクヨに、ロロネーは自身の想像が的中した事を確信し笑みを浮かべる。
「どうした?また羽虫のように飛び回らねぇのか?いや・・・羽はもう捥げちまったか」
息を荒立てるツクヨに言い返す余裕などなかった。ロロネーとの戦いの中で最も彼を助けてくれていた力を失い、頼りになるのは諸刃の剣のみ。長時間の戦闘は不可能な上、布都御魂剣を失った今のツクヨにロロネーを攻撃する手段はない。
ならばこの力は、弾かれた布都御魂剣を拾い上げることに注力するべきだと、ツクヨは考えた。一瞬、ロロネーに弾かれて飛んで行った布都御魂剣の場所を確認する。しかしそれを見逃すほど、この男は甘くなかった。
「おっと・・・。取りに行かせるとでも思うか?」
ロロネーは剣をツクヨとその剣の間に突き立てて、聳え立つ大きな障害として立ちはだかった。誰かの手助けを期待できない今、この大きな壁を乗り越える他に手はない。気の利いた皮肉でも言えればと思ったが、そんな余裕はツクヨにはなくチープな挑発に乗るほど、この男は甘くないだろう。
せめてもの反撃として、彼は大粒の汗を流しながら何か策を秘めたように口角を上げてロロネーを睨んだ。男もその精一杯の足掻きに不気味な微笑みで返すと、ツクヨは男の予想していた動きとは異なる行動を見せた。
玉砕覚悟で何か手段を隠し持ち、布都御魂剣へ突っ込んでくるかと思っていたが、ツクヨは逆に布都御魂剣とは逆の方、後方へと走っていったのだ。思わぬ行動に少し驚きの表情を浮かべるロロネーだったが、ツクヨの目指した先には亡霊と戦っていた船員の物と思われる剣が転がっていた。
そしてそれを二本拾い上げたツクヨは後ろを振り返り、ロロネーに向け剣を構える。戦闘態勢に入るツクヨに、一瞬ロロネーは足を止める。それはツクヨが拾い上げた剣が、ただの剣ではない事を悟ったからだった。
亡霊と戦うには普通の剣では攻撃が当たらない。その為にシュユーがエンチャントした武器を大量に味方へと送り込んでいた。こんなところに転がっているということは、その船員がこの近くで息絶えたか、エンチャントの付与効果が切れて置き去りにしたかのどちらか。
今不用意にツクヨへ斬りかかれば、エンチャントが残っているかもしれないその剣で、透過能力を貫通してくることだろう。強かなロロネーはその小さな可能性を見逃すことなく、ツクヨの付け入る隙を決して作らない。
互いに武器を構えて睨み合う。そして先に動き出したのはツクヨの方だった。デストロイヤーの力で身体能力の上がったその脚力で、素早くロロネーとの距離を詰める。その途中、彼は片方の手に持った剣をロロネーに向けて投げた。
本来であれば透過し、ツクヨ本人を迎え撃つことができるロロネーだが、その投げ放たれた剣にエンチャントが残っているか分からない今、無闇に透過するのは危険である為、ロロネーは飛んでくるその剣を叩き落とそうと剣を振ろうとした。
だがその時には既にツクヨは彼の懐にまで迫っていた。振るった腕はもう止まらない。咄嗟にロロネーは布都御魂剣の時に見せた霧化でツクヨの斬撃を躱し、飛んで来た剣を振り下ろした剣で弾いた。
しかし、ツクヨの目的は端からロロネーへの攻撃ではなく、布都御魂剣を回収することだった。ツクヨの攻撃に気を取られ、その目的に気づいた時には既に遅く、彼の手には再び布都御魂剣が握られていた。




