武神と参謀
戦禍に荒れ狂う波の音と、戦いを彩る猛々しい戦士達の狂想曲。その中でも異彩を放っていたのは、空を切る刃にも似た鋭い武術を振るう男と、素早い身のこなしで船を駆け巡り、至らぬところをその手で生み出した、様々な表情と効果をもたらす奇跡の力で切り抜ける細身の男の戦いだった。
互いの手の内を知り尽くしたかのような二人の男の戦いは、輪舞曲宛ら致命的な一撃を与えることなく、戦場を巡るように繰り返される。激しい乱打は風に流され、鋭利な拳は氷の壁に阻まれる。
船の有りと有らゆる物を足場とするハオランは、まるで跳弾する弾のように素早く方向を変えながらシュユーの後を追うように攻撃を仕掛ける。
一方、身体能力に圧倒的な差のある相手に引けを取らず、魔力を駆使した回避や防御で辛うじて耐え凌ぐシュユー。主人の指示通り、交戦する中で戦場を次々に巡り、ハオランを少しでもチン・シーの元へと近づける。
甲板を走り抜け、隣の船へと飛び移る直前、シュユーは自らの靴にエンチャントを施し、韋駄天のように軽い身のこなしを実現することで、ハオランのような飛び移りを可能にしていた。
だが、逃げるにしても受けるにしても、彼は必ずハオランの攻撃を先読みしなければならない。直接攻撃を仕掛けるハオランとは違い、彼は行動と回避や防御の間に、その為の準備という過程を行わなければならないからだ。
故に一瞬の油断も許されぬ、気の張った状態が常に維持される切迫した状況にあった。一撃でも当たれば全てがなし崩しになる中でも、決してミスを犯さないシュユー。これ程までにハオランの攻撃を防げているのは、彼の心境によるものが影響している。
ハオランがチン・シー海賊団に加入するよりもずっと前から、傍で彼女を支え続けて来たシュユー。その場所に立つ為に、彼は血の滲むような努力をして来た。金や財宝、幹部の地位が欲しくて努力したのではない。全ては彼女の恩に報いる為に捧げた歳月だった。
それが、加入早々チン・シー海賊団の最強兵器と恐れられ、特別視されているのが気に食わなかった。勿論、ハオランがチン・シー海賊団に齎した武力は計り知れない。彼の力をリンクすれば、たちまち武術の達人が量産される、まさに兵器のコアとも呼べる存在だった。
それから、ハオランのリンクに耐え得る肉体を作る為、船員達のトレーニングを指揮管理する者として挙げられたのがシュユーだった。その為に彼は、ハオランの武術や動きを調べ、研究し知り尽くしていくこととなる。
初めは何故自分なのかと乗り気ではなかったが、ハオランを研究していくに連れ、彼の底し得ぬ努力と鍛錬の日々を目撃し、その並々ならぬ力は天性の才能によるものだけではないことを知る。
なんとつまらぬ事に固執していたのか。彼はハオランへの見る目を変え、頼りになる尊敬に値する存在として認め、蟠りは自然となくなっていった。チン・シーは初めからそうなるよう仕組んで、彼をハオラン専属のリンク部隊を育成する役職に就かせたのだった。
二人をよく理解した彼女ならではの采配。結果、部隊の総戦力は以前にも増し、絆はより強固なものとなった。
「お前ともあろう男が、こんな敵の術中に陥るとはッ・・・!俺はお前のことを、買い被り過ぎていたようだな、ハオランッ!」
「ッ・・・・・・・・!」
シュユーの呼びかけに僅かな反応を示すも、攻撃の手を一切緩めないハオラン。依然振るわれるその武術は、当たれば仲間であろうと死へと誘う一撃。それでもシュユーは、反撃をすることなく防戦一方の中で、ロロネーの術に苦しむハオランに声をかけ続ける。
「俺がお前のことを研究したのは、こうしてどちらがあのお方の右腕に相応しいか競う為か?否、当時の俺ならそれも有り得ただろう・・・」
感情が昂り、付き合いの長い者同士の場では、普段の知性ある雰囲気から本来の自分を覗かせるシュユー。口調も変わり、がむしゃらだった頃の海賊らしい荒々しさでハオランに語りかける。ハオランも、彼のそんな仮面をつけていない時の姿を知っている。
「俺はお前と競う為じゃなく、共にあのお方を支える為にお前を知ろうとしたんだ!目を覚ませッ・・・ハオランッ!」
「ッぅぅうう“う“・・・!」
ハオランの動揺と、何かに頭を痛め苦しむ頻度が多くなる。彼の言葉は確実に、ハオランの中にある彼自身の魂へと響いている。外側からハオランの意識を引きずり出すことは出来ない。彼が自分の意思で打ち勝たなくては、術は解けない。
しかし、ハオランに隙が出来る一方で、シュユーの魔力と体力も限界に近づいてくる。その時、甲板に飛び散った血痕で足を滑らせたシュユーに、ハオランの拳が突き刺さる。
「ぐぅッ・・・!」
細身の身体に響き渡る衝撃に耐え、口を紡ぎ言葉を殺すシュユー。彼の苦悶に歪む表情を見て、ハオランが後退りをしながら頭を抱え苦しみ出す。
「ぁぁぁあ“あ”あ“ッ!!」
これではどちらが攻撃を受けたか分からない。共にチン・シー海賊団の幹部として、同じ時を過ごして来た友を傷つけた事が、彼の中で大きな変化を生み出した。
その一方で、場面は睨み合う両軍の総大将が、相見える船長室へと戻る。
近づくだけ正気を失いそうになるロロネーに、一瞬足を石化させられたように固めていた精鋭達が次々に走り出し、ロロネー目掛けて手にした剣を振るう。
ハオランの異常な身のこなしに比べれば、ロロネーの動作は決して捉えられぬものではない。三人の精鋭による連撃を捌き、隙を見てはその身に纏った高貴な装飾の施された羽織で、精鋭達の目を晦ますと、瞬間移動でもしない限り有り得ぬところからぬるりと姿を現し、一人また一人とチン・シーの精鋭達を切り伏せていく。
「見てるだけでいいのかぁ?駒がなくなるのも時間の問題だぜぇ・・・」
「“駒“ではない。我らは苦楽を共にした戦友ぞ」
血の滴る剣を、まるで悪魔のような長い舌でねっとりと拭いとり、悍しい笑みを浮かべるロロネー。彼が口にした、精鋭達を生き物とも思っていない屈辱的な言葉をチン・シーが訂正すると、床に倒れた精鋭達が、突如沼のように柔らかくなった床に沈み飲み込まれていった。
「一人の力には、限りがあるですよ。私達にあるのは“数の力“ではなく、“思いの数“です!」
天井から何かが落ちてくるのを察したロロネーが、瞬時後ろへ飛び退き肝を冷やす。神出鬼没にこの船長室へ入り込んだロロネーと同様に、それまで何者の姿形も無かった天井から突然現れたのは、剣先に血をつけた短剣を握りしめた一人の少女だった。




