水の精霊
ミアが魔弾の使用に思い悩んでいると、彼女の直ぐ側で囁くやや高めの女の声が聞こえてきた。ツクヨの時とは違い、心や脳内に直接語りかけて来るものではなく、実際に誰かがそこで語り掛けているような声だ。
「ミア・・・ミア・・・。こうして貴方と直接話すのは初めてね・・・」
そっと優しい声で語り掛けられたミアは、それまでの焦燥や不安といった思考が一瞬嘘のように和らぎ、まるで暖かく心地の良い場所で声の主へと意識を向けているような感覚に陥る。
「誰だ?私はアンタの声を知らない・・・」
身に覚えのない声だった。現実世界での記憶を辿ろうと、WoFの世界での記憶を巡ろうと、その声色に該当する人物は思い浮かばない。自分が忘れてしまっているだけで、何処かで聞いたことがあるのだろうか。だがそれを確かめる術は彼女にはない。
「当然よ。だって、今までは私達が一方的に貴方を見ていただけなんだもの」
姿形のない声の主は、自らとミアの関係について教えてくれた。それは関係と言うにはまだ繋がりのない、一方的なもの。向こう側はミアの存在を認識していても、ミアからの繋がりはないのだと言う。
「見ていた・・・?一体何者何だ。それに“私達“と言ったか?」
突然の出来事の中でも、ミアは彼女の言葉を聞き逃さなかった。私達という事は、複数の仲間や同類の存在がいるとみて間違い無いだろう。ミアが数少ないヒントから、声の主が何者でどんな組織・チームの者なのか再び思考を巡らせていると、彼女の目の前で突然水滴が集まり、宙に浮く液体が現れると小さな人魚のようなシルエットを形成する。
「私は四大元素の水を司る精霊“ウンディーネ“。安心して、敵じゃないわ。貴方に手を貸してあげる」
ウンディーネとは、錬金術における四大元素の水に当たる精霊。WoFの世界では、卓越した錬金術師が精霊と意思疎通を果たし、自在にその力を得るとされている。
だが、あくまでガンスリンガーのクラスをメインにしてきたミアは、錬金術をそのサポートにしか使って来なかった。銃弾の精製段階で魔力を込め、シュユーのエンチャントにも似た属性を持つ弾丸を作り出したりする程度だった。
「力を貸す・・・?だが、今になって何故・・・」
「貴方が信用に足る者であるか・・・。力を貸すに値する者かどうかを見定めていました。ミア・・・貴方は変わりましたね。前の孤独だった頃の貴方とは、まるで別人のようです」
孤独だった頃のミア。現実の世界で社会から、家族から、世界から孤立した彼女は心に深い傷を負い、WoFの世界に来ても、本当の意味で人を信用することなどなく、全ての行動が自分の為になるようにしか生きて来なかった。
それがシンとの出会いで少しずつ変化を見せ、今では海賊の一船員に過ぎない者達の為に自分の命を天秤にかけるようにまでなっていた。そしてそれは、自分の意思で善人であろうとするのではなく自然と身体が、心がそうしようと働きかけているのだ。
「そんな前から・・・」
「私は嬉しいのです。それに孤立を好む貴方よりも、他者との繋がりを大切にする貴方の方が好きですよ」
好きだなんて恥ずかしい台詞を、そんな笑みで躊躇いもなく吐けるウンディーネの言葉が嬉しくもあり、羨ましくもあった。子供の頃の自分が、何の汚れもなく順調に生きていけたのなら、同じ台詞が言えるようになっていたのだろうか。
他人に自分の人生を左右されたくないと思っていたが、仲間と共になら人生を迷うのも悪くない。ミアはそんな風に思うようになっていた。
初対面の挨拶を終えたところで、ウンディーネは表情を戻し、姿を現した理由と目的、そして今ミアが抱えている悩みの本題へと入る。
「さてミア。私は貴方の成長と変化の対価として、力を貸しましょう。ですが、あくまでその力を使うのは貴方自身です。貴方にある“武器“を思い出しなさい、知恵を絞りなさい。私は貴方の“創造“するものに水の姿を変えましょう」
そう言い残すとウンディーネは、その姿を銃弾に変えた。この場所が海というフィールドであるが故に、最も力を発揮する彼女が現れたのだろう。これは水の精霊ウンディーネの力を宿した魔弾。
そして彼女の発言から、この魔弾の能力は水を操る力。だがこの魔弾が、発砲直後に効果を発揮するものなのか、それともメア戦で見せたシルフの魔弾と同様の着弾時に効果が現れるものなのか判断がつかない。
しかし彼女は、貴方の創造するものにと言った。それならばミアの求めるものに姿を変える筈。自分の思うままに、感じるままにその銃弾を放てばいい。ミアは銃にウンディーネの魔弾を込めると、額に銃身を当てて祈りを捧げる。
これから実行する策が、この絶望的な状況を打開し、仲間へのバトンを繋ぐことを。




