難攻の霊船
ミアの想像していた通り、チン・シー軍の前線も中央の時と同じように数の力で捻じ伏せられるのなら、ロロネーもそうしていただろう。だが、チン・シーはロロネーの予想とは違った方法で攻めてきたのだ。
それこそ、濃霧の中に降らせた火の雨である。火矢で直接攻撃するのではなく、間接的に広範囲の火属性魔法を降らせていたのだ。ロロネーの作り出した海賊船、ゴーストシップは魔力の込められた火の雨を受け引火し、焼き尽くされようといていた。
直ぐにチン・シー軍の放った火の雨が魔力を帯びていることに気がつくと、ロロネーは濃霧でゴーストシップを包み込み、被害が大きくなる前に事なきを得ていた。だが、無傷で済む事はなく、数隻分の損失を被ることとなる。
その為、チン・シー軍への総攻撃を仕掛けようにも、中央を襲ったほどのゴーストシップを生成できなくなっていた。今、ミア達の前にあるのは量よりも質を重視したゴーストシップ。
故に、砲撃に合わせ爆煙の演出や損壊の再現など、幻覚にも似た巧みな技術を有しこちらの軍を撹乱させていた。つまりロロネーにとって、亡霊よりも海賊船の方が魔力の消費が激しく、失われた分を取り戻すには時間が掛かるという訳だ。
ハオランに別働隊を孤立させるように仕向け、用が済んだら本船に合流するように指示を出したのは、失われた戦力をハオランで埋める為だった。無論、戦法や作戦は変わってくるが、それを考えずとも力押し出来る圧倒的な戦力がハオランにはある。
今は時間を稼ぎながら敵船力を削ぎ、弱ったところをハオランと共に、物理攻撃を通さぬ亡霊とゴーストシップ、そして最大火力の物理攻撃であるハオランで、相手に対策をさせる暇をも与えない攻撃で一網打尽にしようとしていた。
「どうすればいいッ・・・。銃や弓による攻撃は効かない、魔法攻撃もさせてもらえない中で、どうやってこの戦況を打開する!?」
ミアは悩み焦る中で、中央での出来事のことを振り返っていた。あの時ゴーストシップは姿を消し、暫くその姿を現さなかった。不滅の海賊船だというのならば、何故一度身を隠す必要があるのか。そこには必ず理由がある。継続して攻め立てられない、何か予期せぬ事態がロロネーに起きた。
その秘密を明かすことで、今のこの状況を変えられるに違いない。あの時、何をしてロロネー海賊団を退けたのか。シュユーのエンチャントを施した火矢で天を射抜き、空から火の雨を降らせた。また同じことが出来れば、ゴーストシップを退けられるのではないだろうか。
「そうか!もう一度火矢で・・・いや、しかし・・・」
鮮明に思い出せば思い出すほど、今とあの時では状況が違い過ぎるのだ。チン・シーによるリンク能力の統率が取れた一斉射撃。それに攻撃の際はシュユーも一枚噛んでいたようだった。
要するにあの技は、一個部隊に成せる技ではないのかもしれない。直ぐに近くにいた船員の者に火矢の話を聞いてみるが、やはりあれはチン・シーのリンクがあってこそのもの。そしてシュユーの鍛治師としての細工があってこそのものだったらしい。
策が思いつかない。今、ここにある限られた戦力では、ゴーストシップをどうにかする程の力はない。本船が到着するまでの時間稼ぎをし、ここで死ぬ以外に彼らの道はない。見上げてだけボードで逃げることも可能だが、チン・シーにあんなことを言われた手前、おいそれと彼らを見殺しにする事は出来ない。
「万策尽きた・・・。もう私らに出来る事は・・・」
脳裏に嫌なものが過ぎる。するとミアの身体から力が抜ける。と、その時彼女の懐が光だす。何事かとアイテム欄から光を放つ物を取り出すと、それは一丁の銃だった。
それは、ミアとシンにとっての始まりの街・パルディアより東にあるグラテス村で、アンデッドに苦しめられる少女サラを助ける為、親玉となったメアと戦い彼を解き放った銃だった。
「なッ・・・何だ・・・。この銃が一体何だと・・・」
ミアはその銃を手に取り、今一度あの戦いのことを思い出した。忘れもしない決死の戦い。ミアもシンも死にかけた圧倒的レベル差で迎えた不自然なクエスト。
その時に勝敗を決する要因となったのは、ミアの放った錬金術の四大元素でもある風の精霊シルフの魔力を込めた“魔弾“だった。しかし、それはミアの最後の手段。一度の戦闘に一発しか使用出来ず、全ての魔力を注ぎ込んで放つ技。
撃てば最後、彼女は魔力を使った攻撃は勿論、真面に戦うことすら出来なくなってしまう諸刃の剣。ミアが躊躇っているのは、こんなところでそれを使って良いものなのかということだ。
未だロロネーは戦場に出て来ず、様子のおかしかったハオランもまだ合流していない。本当の戦いが控える今、ここでお荷物になってしまうことに抵抗している。何故一発しか作れず、撃てば戦えなくなってしまうのか彼女自身にも分からない。
「今なのか・・・?この力に頼るのは。それで本当にこの状況を打開出来るのか・・・?」
自分にもよく分からない力に頼るのは、リスクが高過ぎる。だがその光は、今だと言わんばかりの輝きを放っている。今までこんな事はなかった。アイテムや武器の方から持ち主にアプローチしてくるのは、ツクヨの布都御魂剣に続き彼らにとって二度目となる。




