鋭敏の拳と伝承の剣
眩い光の動きが、まるで目に見えるように降り注ぐ水飛沫をシン達の方へと吹き飛ばす。暗い地下を走る列車の光のように、徐々に迫る光はその安らかで明るい様子とは裏腹に、とてつもない悪寒を二人に与え命を脅かした。
「シンッ!!」
「分かってるッ!だが駄目だ・・・今からでは避けきれないッ!」
こんなに取り乱したツクヨは初めてだった。普段の彼の言動からでは想像もつかない緊迫した声で、シンにボードを急発進させハンドルを切るように伝える。しかしシンの口にした通り、今から加速を始めてハンドルを切ったところで、最早避けることなど不可能。
どう足掻いても、このツバキのボードの性能だけでは逃れられない一撃。寧ろこのボードだったからこそ、ここまでハオランの攻撃を避けてこれたとも言える。並大抵の船や海上を移動する手段では、今頃海に沈められていておかしくはない。
このまま真面に貰えば、ボードごと破壊されレースへの再起はおろか、生きて再び陸地に辿り着けなくなる絶望的な状況。ツクヨは意を決したように歯を食いしばり覚悟を決めると、布都御魂剣をボードの操縦者の魔力を吸収するコア部分に近づけ、ありったけの魔力を吸わせた。
「ッ・・・!?何をしたんだツクヨ!」
「これしかない!しっかりハンドルを握ってるんだぞ・・・!」
ボードはツクヨの手にした布都御魂剣の魔力を大量に吸い上げ、周囲一帯をビリビリと振るわせるほどの轟音と共にエンジンを吹かし、急加速する為の準備を始めた。だがそれでも、水飛沫の向こう側から迫り来る衝撃波を避けるには至らない。
急加速の準備を終えたツクヨはボードの上で立ち上がり、シンと衝撃波の間に割って入るようにして、ボードから飛び出した。突然軽くなるボード。そして真横に飛び出して来たツクヨを、驚きの目で見つめるシン。
「なッ・・・何をやっているんだぁッ!!」
「今、私達の持ち得る最大の武器はこれしかない・・・」
その言葉を最後に、衝撃波がツクヨを襲う。辛うじて布都御魂剣で受け止めるツクヨだが、その身体は空中で押し込まれ、ボードのハンドルを力強く握るシンへぶつかりもたれかかる。
エンジンを吹かしたまま大きく横に押されるボード。シンはツクヨの身体に押されるままバランスを崩さないようにするので精一杯だった。だがシンにダメージはない。衝撃波をツクヨが全て受け止めてくれているおかげだ。
海へ落ちないように踏ん張ることで、頭が他のことへ意識を回すほどの余裕を与えてくれない。ここでシンがバランスを崩せば全てが水の泡。すると、ツクヨは身体を僅かに横に傾け、シンの身体を押し出す。
それと同時に、ボードが布都御魂剣から吸い上げた魔力を爆発させるように一気に急加速する。シンを乗せたボードは衝撃波の範囲から逃れ、無事に脱出することが出来た。衝撃波を受け止めるツクヨを残して・・・。
「布都御魂剣といえば、日本神話における伝説の剣じゃないか・・・。私の思いに応えてくれよ・・・!」
衝撃波はツクヨに命中する前に、布都御魂剣によって受け止められており、ツクヨの身体を大きく後方へ吹き飛ばしていた。シンが射線上から逃れると、遂に限界を迎えたのか最後の力を振り絞り、ツクヨが剣を振るうと衝撃波を両断し、勢い良く海へ入水する。
想像も出来ないような、何か大きな物が海へ落ちたとでも言わんばかりの水飛沫が上がる。ツクヨの姿を探していたシンは、すぐに音のなる方を振り向く。ハオランの作った先程までの水飛沫の十倍以上はあるだろうか。
巨大な水飛沫の壁と、妙に塩っ辛い大粒の雨を辺り一帯に降らせた衝撃波は、一体何処へ消えたのだろうと言うほど綺麗に無くなっていた。火の雨を掻き消しふり注ぐ水飛沫の中を、ハオランなどそっちのけでボードを走らせるシン。
「ツクヨ・・・ツクヨッ・・・!どこいったんだ、おいッ!」
彼の安否が心配で頭が回らない。クトゥルプスの時は意識があった。だが、今回は違う。あれだけの衝撃を一身に受けて体力を消耗している筈。意識だってあるかどうか分からない。そんな疲弊した状態で、あの能力が果たして使えるのか。咄嗟に思いつくか。
早く姿を見つけなければと焦れば焦るほど、無駄にボードのエンジンを吹かし加速させることで自身の魔力を消費してしまっていた。そして海面に、何かが横たわっているのが彼の目に映った。
「ツクヨッ!!」
彼の身体はその手にした剣の能力で、まるで波打ち際に打ち上げられたかのようにうつ伏せで倒れ込み、波に身体を揺らしていた。いつの間に身につけたのか、巧みな操縦技術でツクヨの側にボードをつけると、彼の身体を片手で抱え込み、ゆっくりボードは走らせる。
「上手く・・・いったようだね・・・。はッ・・・ハオランは・・・?」
「先に行ってしまったよ。それより・・・もう無茶は止めてくれ。寿命が縮むようとは良く言ったもんだな・・・心配したぞ・・・」
やはりシンは少し変わった。ツクヨは彼の口から飛び出した温かい言葉に驚かさせると同時に、この異様な世界でいい方向へと心が傾いていることにホッとして、表情が緩んだ。
「君がそれを言うのかい?それに・・・私は家族を見つけるまで死ねないよ・・・」
ハオランに追いつき、彼本来の意識を呼び覚ますつもりだったが、見事に巻かれてしまった。だが何も収穫がなかった訳ではない。ハオランの意識は彼の中にあり、今も尚必死に争おうとしていることが分かった。
そして何より、二人とも重傷を負わずに済んだ。引き止められなかったのは力不足だったが、このままハオランを追い、チン・シーの本船へ合流しロロネーとの決戦に備える方が安全だ。意見が一致した二人は、僅かに残るハオランの残した波を追いかける。




