奇襲と妖術
外界からの明かりを閉ざし、ローブに身を包んだ集団が祭壇を囲み祈祷を捧げる。怪しく灯る魔法陣の光が、室内を照らし出している。海賊船の何処かにある隠された一室。それは彼らにとって重要な場所。主人の命に従い、術を扱う。
そこに忍び寄る怪異の影。暗いところを利用され、付け入る隙を生んでしまったのだ。初めから妖術の気配を悟り、襲撃したのではない。相手にしても全くの偶然だった。ただ侵入し易い部屋がある、それだけだった。
天井から滴る水滴が、一人の術者が纏うローブへと落ち染み込んでいく。初めは誰も気づかなかった。皆、術の発動のため祈祷を捧げている最中で、目を閉じていた。
しかし、同じ箇所から滴る水が、染み込めるだけの範囲を埋め尽くしてしまうと、僅かに重くなり硬くなった布の生地が、滴る水の音を鳴らし始めた。それに気づいたのは他でもない、水滴を受けていた術者。
静かに目を開き、気になる音に耳を澄ませる。ポタポタと、自分の被るフードに落ちる何かの音に、そのままの体勢のまま視線を上に向ける。術者の奇妙な動作に、他の者も気付くと、声を発せずその視線送りで感づかせる。
ただの水漏れくらいに思っていた術者の二人。他の者はまだ祈祷に集中している。仕方なく位置を少しズラそうとしたその時、突然の息苦しさが術者を襲う。異常なほどの息苦しさに、腕を首へ伸ばそうとするが、身体が今の姿勢のまま動かない。
「おいッ!どうした!?」
術者の異変に気付いた他の術者が、声を上げる。周囲の者達が驚いて視線を送ると、泡を吹いて真っ青な顔をした術者が、ゆっくり宙に浮き始めていたのだ。よく見ると、天井から水の触手のようなものが術者の首を掴み上げ、手繰り寄せていた。
術者の一人が、直ぐに冷気の魔法で天井から繋がる水の触手を凍らせると、別の術者が今度は風の魔法で刃を作り、凍った触手を切断し苦しむ術者の身体を床に下ろす。
「敵襲だッ!直ぐにッ・・・!?」
危険を船全体に知らせるため、声を発そうとした術者が突如、蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動けなくなる。よく見ると、その術者の足首が濡れていることが分かる。天井からだけだと思っていた水の侵入が、床からも来ていたのだ。
天井から攻め、部屋にいる者達の視線を上に向けさせ、下への注意が削がれたところをまんまと突かれてしまった。しかも動けなくなったのは声を上げようとした術者だけでなく、床に足をつけていた術者全員が敵の術中にハマってしまい、身動きや呼吸、全ての動作が封じられてしまう。
僅かな一瞬で、反撃の隙も与えぬほど素早く戦況を掌握してしまう程の何者かに、手も足も出なくなってしまう術者達。後は殺すだけと、床に広がった水が徐々に人の形へと変わり、少年の姿を象る。
ミアが動きを止め、逃走を計った相手。ボードのスピードでかなり距離は離した筈。それなのに、どうして彼がここに現れたのか。どうやってここまでやって来たのかは分からない。
だが、その水を使った技に触手、そして少年の姿から、その者は間違いなくミアが対峙した怪物の一人、メデューズであった。
「陰気な匂いを探って来てみれば・・・。どうやら当たりを引いたようですね」
息が出来ず、悶え苦しむ術者達の視線を浴び、全く表情を変えない、まるで心を持たぬ者のように坦々と口を開き話し出す、水の触手を操る少年。術者達はこのまま、危機を仲間達に知らせることも出来ず、静かに殺されるだけかと覚悟した。
そして、メデューズは床に広がる自ら次々に水の触手を生やし、術者達を締め上げる。苦しむ顔を存分に堪能し、そして一気に握り潰すようにして触手に力を込めた。すると、辺りに水飛沫が飛び散り、ボトボトと質量のある物がメデューズの水の中に落ちていく音が、室内に響き渡る。
部隊は全滅。そう思われたが、絞め殺したメデューズにはその感覚で何かおかしいと察していた。彼のその予感は正しい。何故なら術者は誰一人、絞め殺されたりなどしていなかったのだから。
「・・・これは驚きました・・・。まさかあの状況で全員助けてしまうなんて・・・。それも、貴方のような子供が・・・」
メデューズがゆっくり振り向き、ゆっくり視線を送った先には、彼ら術者と同じくローブに身を包みフードを被った、術者の姿があった。だが、他の者達とは明かに違うところがある。それはその身長だ。
その小さな術者は、特注で作られたローブに身を包み小さな手で祈祷を行なっていた。
「子供なのはお互い様ですッ!残念でしたね・・・、そう簡単にはいきませんよッ!」
そういうと、フードを外し表情を見せたのは、チン・シー海賊団の妖術師でシュユーの相棒でもあるフーファンだった。彼女の妖術で、メデューズが天井から水を滴らせていた辺りから部屋に術をかけ、敵の目を欺いていたのだった。




