触手の女
剣を未知の襲撃者である女に向けて、僅かばかりの牽制をする船員の横に並び、ツクヨも同じく武器を構える。しかしその女は全く警戒する素振りもなく、触手で絡めとっていた船員をゆっくり締め上げていく。
呻き声を上げながらもがく仲間の姿に、思わずツクヨの横で武器を構えていた男は、静止の言葉をかける。
「やッ・・・やめろッ!何故苦しませるようにして殺す・・・?」
男の問いに襲撃者の女は、おかしな質問をするものだと言わんばかりに、口角を上げて鼻で笑うと、穏やかな笑みを浮かべながら辛辣な言葉を男に送った。
「貴方達が悪いのよ?大人しく騙されていれば、こんな手段に出ることもなかったのに・・・」
女の言葉にツクヨは勿論、他の船員達も何のことを言っているのか分からず、眉を潜め誰か分かる者はいるかと、周囲をキョロキョロと見渡す。そんな彼らの姿に、答えが出ず理解していないことにガッカリしたのか、小さくため息をつき、残酷な行動に出る理由を語り出した。
「少しずつ静かに殺していくのは容易。恐怖に歪む顔を見ながら殺せるのは、私的にも気持ちが昂るもの。でも、バレてしまえば貴方達は抵抗するでしょ?それが面倒なのよ」
会話の序盤では、異形の者との感性の違いか、この女の言うことが全く理解出来なかった。無論、言葉としての意味では分かっているものの、その狂った感性に共感など出来なかった。
「だから騒ぎを起こして集めるの。痛め付け苦しませるのも、貴方達人間の特性を利用してのことよ。貴方達・・・優しいものねぇ。悲痛に顔を歪ませて助けを求める仲間を放っておけないものね」
これは戦術的なものだろう。この異形の女は、群れをなして行動する人間との戦い方をよく知っているようだった。
彼女の言うように、あの圧倒的な力があれば一撃で葬り去ることなど容易いことだろう。だが、人間同士の争いの中にも、有効的である戦術の一つとして用いられた、ある戦法があった。
それは、死者を作るよりも怪我人を出させることで、部隊としての機能が著しく低下するというものだ。仲間が死んでしまったのなら諦める他ないが、まだ息があり治療を施せば戦線へ復帰できるとなれば、見捨てることが出来なくなる。
何故この女が、そういった戦法を知っているのか分からないが、何者かによる入れ知恵である可能性が高い。そしてそれは、この戦場においてチン・シーの敵であるロロネーに他ならない。
「アンタ・・・それを知って・・・」
「貴方達だって同じでしょ?相手のことを調べ、事前に準備し策を弄する。所謂これは、私なりの“対人間の攻略”よ。勿論、それだけじゃないけどね」
彼女はツクヨ以上に、この世界をゲームのように捉え生きている。淡白な分、余計なことを考えずに行動できる点では、人間達よりも優れているのかもしれない。
「・・・おしゃべりが過ぎたわね。あんまりゆっくりしてると私の能力が疑われちゃうわ。そろそろ御開きにしましょ?」
話を切り上げ、触手で弄んでいた船員をわざとこちらが助け易い位置へ放り投げる。宙をまるで人形のように飛び、大きな物音を立てながら床に激突し転がる船員を、この場にいる者達のほぼ全員が目で追っていたことだろう。
その光景に気を取られている隙に、触手の女がまるで別の生き物のように素早く触手を伸ばし、前線に出ていた船員達とツクヨを狙った。獲物を狙う蛇の如く、音もなく迫る触手に何人かの船員が足をすくわれる。
直ぐ横で飛び上がるようにして持ち上がる人の身体を視野に捉えられたおかげで、ツクヨは触手の魔の手を逃れることが出来た。外側にいた船員が狙われたようで、内側の数人はその光景のおかげで、難を逃れることが出来ていたようだ。
捉えた船員を引き摺り込むのと同時に、他の無事である船員達とツクヨは女の懐に飛び込もうと距離を詰める。すると女は、触手を鞭のようにしならせ、床を一掃する。
タイミングよくそれを飛び越える一同。しかし、船員を捕らえていた筈の別の触手が、宙に飛ぶ彼らを叩き落とさんと構えていた。大きくしなりながら迫る触手は、まるでピンボールのように人を弾き飛ばし、別の者にそれをぶつける。
身動きの取れぬ空中で、飛んで来る味方を武器で弾き落とすことも出来ず、ツクヨと船員達はそれを受け止め、船内の硬い壁に激しく打ち付けられてしまう。
「難儀なものね。邪魔なものと割り切り、斬り捨てていれば避けられたものを・・・」
悍しい微笑みで語りかけてくる触手の女。彼らがそんな事など出来る筈が無いのを分かった上で挑発してきている。だがその卑劣なやり方は、この上なく彼らに対し有効な手段であり、どんなに屈辱を受けようと女の掌の上で踊らされるしかなかった。




