画竜点睛を欠く
ゆっくり目を開けると、グレイスの手には身体から切り離された頭部があった。ロッシュの身体は、大きな血の池を作り仰向けに倒れている。
長らく戦ってきたように思える彼ら、ロッシュ海賊団との戦闘だが、これで漸くひと段落がついた。後は周りで戦っている残党を退けさせるだけ。敵軍には既に総大将は無く、主戦力となる者達も居ない。
「聞けぇ、野郎共ぉッ!ロッシュ海賊団船長である、ロッシュ・ブラジリアーノは我らグレイス海賊団が討ち取ったぁッ!ロッシュ海賊団の者共に告ぐ!命が惜しくば降伏しろッ!さもなくば全員皆殺しにするぞッ!」
グレイスがフラつく足を奮い立たせ、ロッシュ海賊団の残党に降伏勧告を送る。最早、二つの海賊団による闘争は勝敗を期したも同然。ここからの大番狂わせなど考えられない。いや、正しくは“考えたくない”だろう。
しかし、ロッシュの元に集った程のことだけはあるようで、降伏するくらいなら死を選ぶといった者が殆ど。最期の最期まで彼らなりの意地を貫きとうしている。だが戦況が覆る事などない。
立ちはだかる者達は次々に倒れ、船長を討ち取ったことで士気の上がるグレイス海賊団の船員達によって、着実に掃討が完了していく。
仲間達を鼓舞したグレイスが、シンの方へ向かって足を引き摺りながらやって来る。
「シン、助かったよ。正直なところアンタの援軍がなかったら、勝てたのかも怪しいものだ。感謝している・・・」
ロッシュの毒による身体の麻痺は消えたものの、単純にダメージが大きく動けなくなっているシンを、グレイスは優しく起こした。
その頃、丁度エリクやルシアンの治療に当たっていた回復班を乗せた船が合流する。直ちにシルヴィや他の船員達の応急処置に取り掛かり、残りの者は援軍として残党狩りに身を投じる。
「姉さん・・・すまねぇ・・・。肝心なところで俺ぁ野郎に・・・」
「気にすることはないよ、シルヴィ。アンタはよくやってくれた。アタシのいない間コイツらをまとめて、耐え凌いでくれたじゃないか・・・。よくぞみんなを・・・この海賊団を守ってくれたね・・・」
グレイスの労いの言葉を聞き、頭を垂れながら悔しそうに拳を握るシルヴィ。グレイスの戦斧と称されながら、敵軍の主戦力を削ることが出来なかったこと、そして自らの油断がロッシュの付け入る隙を生み、敗北してしまった事が悔しくて仕方がないのだろう。
「さぁ!残党狩りも時期に終わる。回復班は彼の手当もしてやってくれ、この戦いの一番の功労者だ・・・」
彼女の指示で、回復班によってダメージを治癒してもらうシン。しかし、想像していた通りダメージこそ回復はしたが、身体の疲労感までは完全に治らないようで、まだ一人で歩くには苦労しそうだった。
シンの回復を担当していた者達の誘導で、後方の安全な場所へ誘導される。肩を借りて歩くシンが、ロッシュ海賊団との死合に思いを馳せるかのように振り返る。そこで彼は、目を疑う光景を目撃することになる。
戦場の指揮をとっているグレイスの側に、首を切り離し完全に死亡している筈のロッシュの身体が立っていたのだ。
頭部のない人の身体が彼女の背後にフラフラとやって来る。その異様な光景に、一瞬思考が止まってしまったシンが、見開いた目をそのままに、グレイスへその事を伝えようとした。
「グレイスッ!後ろッ・・・!!」
シンの声に、何のことだか分からないといった様子のグレイスが、シンの方へ向き何の用事かと彼に視線を送る。だが、その時には既に遅かった。
彼女は何かが自分の身体を通り抜けるを感じると、ゆっくり目を見開き首を下に向け、その感覚が何なのか確認する。そこには冷たく硬い、鋭い先端をした鉛の刃がグレイスの腹部から生えるようにして突き抜けていた。
そこから彼女の衣類にジワジワ広がる赤い模様は、徐々に濃い色へと変わり彼女の身体から力を奪っていく。一人で立っている事が出来ず、膝から崩れ落ちるグレイスを側にいた回復班の船員が直様支える。
「せッ・・・船長ッ!!」
グレイスの周りが慌ただしく騒ぎ始めたのに気付いたシルヴィが、振り返る。何が起きているのか理解するよりも先に、シルヴィの身体はグレイスの元へ風よりも早く駆けつけて、背後から彼女に刺さる鉛を手刀で切断すると、首のないロッシュの身体を全力の力で殴り飛ばした。
「姉さんッ!!」
「なッ・・・ロッシュは確実に死んでいた・・・。体力の表示も消え、生き物としての反応は完全に無くなっていた。なのに・・・何故・・・?」
シンはこの世界のプレイヤーであることを活かし、ロッシュの体力、所謂HPの確認をした。しかし彼のHPは全て消費され、空の状態になっていたのを確認し、表示も消えた。ロッシュという“ボス戦”は、グレイスの一撃で完全に終了していたのだ。
しかし、ロッシュの身体は動き出し、誰にも気配を悟られることなくグレイスを攻撃した。誰も予期していなかったこと。完全にロッシュは死んだものだと、誰もが思っており警戒などしていなかった。




