影の攻略
ロッシュのといに答えること無く、シンは直ぐ様近くにあった何処の部屋とも分からぬ扉を開けて飛び込む。勢い良く締められた扉の音が響く中、シンはそのまま側の影に入り、隣の最初にいた部屋へと移動した。
影から音を立てないように這い出たシンだったが、その直後背後に迫る何かの気配に髪が揺れ動くのを見た気がした。しかし、この部屋は彼自身が出て行った時に扉を閉めた筈。それに風を感じるような隙間は、現状この部屋にはない。
嫌な予感を感じ、咄嗟に飛び込むように前転をして床を転がるとその一瞬、何者かの影をその瞳に映した。反転して部屋に入って来た影の方を見ると、いつの間にか扉は開けられており、そこには蹴りを放った後のロッシュの姿があった。
「なッ・・・!何故ここがッ!?」
辛うじてロッシュの攻撃を躱すことに成功したシンだったが、どうして今のような状況に陥っているのか理解が追いつかなかった。予想だにしない緊迫した状況に、大粒の汗を流すシンに、ロッシュは不適な笑みを浮かべていた。
ロッシュはシンの動きを先読みしていたのだ。事前に廊下に並ぶ扉へ光の細胞を巡らせ、入ってくる者を探知するトラップのように先手を打っていたのだ。シンが廊下から部屋へ飛び込んでいった後、ロッシュは光の見ている映像に集中し、その後の行動を見ていた。
そして影へ入り込もうとする彼の向きと方向から、隣の部屋であることを予想し前もってその部屋へと向かっていたのだ。
「どうしてだ?って顔をしているなぁ。言っただろう、同じ手は喰らわねぇって・・・。なるほど、転移系の移動スキルを使っていたって訳か・・・」
ロッシュは一度目のシンとの戦いと、先程の挙動で彼が光の監視や肉眼では確認できない超スピードで移動しているのではなく、ポータルを開くことにより特定の別の場所へと移動する、特殊な移動スキルによって宛も消えたかのように移動していたことを突き止める。
シンはロッシュの言葉に聞く耳を持たず、直ぐに物陰へと移動する。しかし、スキルの効果がバレたところで、移動先までは特定されることはないと自身の気持ちを落ち着かせる。
「おいおいおいッ!連れねぇじゃぁねぇか、返事くらい返してくれてもいいだろうよ。それとも余裕がなくなっちまったのか?」
弱みを握り、余裕綽綽と言った様子で両腕を目一杯広げて嘲笑うロッシュは
、ズカズカと何の警戒もしていない様子でシンの隠れた物陰へと歩いて来る。
引き付けてから影へ入り、距離の空いた場所からロッシュを強襲しようと考えていたシンは、男の足音に耳を澄ます。憎たらしく笑うロッシュの声に平常心を掻き乱されたが、必要な情報だけに集中し、その余裕で満ちた顔に一撃おみまいしてやるため、短剣を取り出し握る手に力が入る。
そして頃合いを見て、移動したことを悟られぬよう音を立てずに影へと入る。移動先は同じ部屋の片隅にある、積荷の後ろにできた影の中。依然、シンが既に移動していることに気付いていない様子のロッシュは、先程までシンがいた場所へ到着する一歩手前で、シンは手にした短剣を男へ投げ放とうと腕を振り上げた時だった。
突然背後に走る痛みと、そこから流れる温かいものに気づき、思わず床に倒れる。
「ッ・・・!?」
この部屋へ移動して来た時といい、今といい、何故自分のやろうとしていることが妨害されているのか、理解が出来ない。それどころか、痛みでそれどころではなくなってしまうシン。その痛みの元凶へ手を伸ばすと、背中に冷たい何かが刺さっているのが指先から伝わってくる。
何とかそれを抜き取り、床に落とすとシンの背中に刺さっていたのはロッシュの扱う投げナイフだった。ナイフを床に落としたことで鳴り響く、鉄と木材で出来た床を打ち付ける音を聞き、シンの移動先を特定する。
「上手くいったみてぇだな。カラクリが分かっちまえば、攻略はそれ程難しくはねぇ」
辺りを見渡し、ロッシュの言うカラクリについて何か手掛かりはないかと探すと、床の数ヶ所に男のナイフが突き立てられているのが目に入った。シンの場所を特定したロッシュがその歩みを早め近づいて来るのを見ると、痛みを堪え物陰へと入り込み、同じことを繰り返そうとする。
だが、今度は部屋の中ではなく、一時撤退することを選んだシンは、一つ下の別の階層へと移動を図る。そして移動自体は間に合い、ロッシュとの距離を空けることには成功したのだが、再び背後に先程の痛みとは別の痛みが走る。
「なんでッ・・・またッ・・・!」
先程と同じく、背中にはナイフが突き刺さっていた。しかも、引き抜いたナイフの刃を良く見てみると、そこには麻痺の効果を持った液状のアイテムが付着していたのだ。
ナイフが刺さったとはいえ、シンはこれまでにもっと致命的なダメージをいくつも受けて来た。それなのにナイフの一本でここまで動けなくなることに、不信感を抱いていた。その答えがその液体だったのだ。
身体の痺れが酷くなり、思うように身体を動かせなくなるシン。そんな彼の耳に、徐々に近づく靴が木材の上を歩く乾いた音が聞こえて来る。勿論、その音を響かせる人物が誰なのか直ぐに分かる。
今度は同じ部屋ではなく、別の場所へと移動した筈なのに、その足音は一直線にシンのいる場所へと向かって来る。一度目にロッシュと戦った時とは違い、シンの頭には何故どうしてといった疑問が目紛しく駆け回り、正常な判断が阻害される。
ただ一心に隠れなければという思いが、シンの身体を動かす。だが、そんな彼の思いは叶うこと無く、扉が開かれる音と共に足音が直ぐそこまで近づく。恐る恐る、音のする方へと顔を向けると、男の蹴りが彼の顔へと迫っていた。
咄嗟に腕を上げてガードを試みるが、麻痺のせいで間に合わず、もろに蹴りを喰らってしまう。
「ぐぁッ・・・!」
「散々、手間取らせてくれたな・・・。今にして思えば、グラン・ヴァーグで感じた気配はテメェだったのか。なるほど通りで見つからねぇ訳だぜ。奴の言う通り、序盤の島に寄っておいてよかったな・・・」
ロッシュの言う‘奴“という人物に興味があったが、男はそれ以上余計なことを口にすること無く、坦々とシンの髪を掴み上げて引き摺ると、勢い良く壁へとぶん投げられた。
激しく打ち付けられる衝撃が、もろにダメージとして彼の身体に残る。抵抗しようにもガードは間に合わず、一方的な展開へと突入する。
それまでの鬱憤を晴らすかの如く、何度も蹴りをおみまいするロッシュに、シンは少しづつ上げた腕で何とかガードの体勢をとるが、あまり効果を得られているようには思えない。
ジリジリと減り続けるシンの体力。ロッシュも満足したのか、無駄な憂さ晴らしに終止符を打とうと、投げナイフを取り出し、ボロ雑巾のようになって倒れるシンに向けて刃を向ける。
「たくッ・・・無駄な体力を使っちまった・・・。早く前線に向かわねぇとな」
ゆっくり上半身を起こしたシンは、ロッシュの放った投げナイフを胸に受け、壁にもたれ掛かるようにして倒れる。
すると、彼の身体は壁に当たること無く、彼の身体で出来た影の中へと落ちて行ったのだ。またしても移動されたことに苛立ったロッシュが、側にあった家具を思いっきり蹴り飛ばし、短い怒号を一息分だけ上げるとこれ以上時間を費やしている訳にはいかないと、瀕死の彼を追うこと無くその場を後にし、今も尚押され続けているであろう前線へ向かって行った。
船上では、シルヴィ達の奮戦の甲斐があり、遂にロッシュのいる船へと移動を開始していた。そして後方でエリクとルシアンの治療のため、回復班にバフをかけ続けていたグレイスが、二人の一命が取り留められたことを知ると、急ぎシンとシルヴィがいる前線へと、仲間を連れて急行した。




