二度目の面会
敵船へと乗り込んだシルヴィが、仲間達と共にロッシュ船の者達を次々に薙ぎ倒していく。彼らの健闘の甲斐あり、前線でロッシュの乗る船への道を塞いでいる二隻の内一隻を制圧するにまで至った。
グレイスのスキルによるバフを受けたシルヴィ達の猛攻を防ぎ切ることが出来ず、その数をみるみる減らしていくロッシュ軍。終始、数の上で優勢であった彼らは突然の反撃を受け、見た目以上に士気の低下が激しく大きな混乱を招いていた。
「これがグレイス海賊団の戦いか・・・。図に乗らせると手がつけられんな。奇襲を目論んでいる何者かの動きはどうなった?クソッ・・・!選択を誤ったか・・・・。船を前線へ向かわせろッ!友軍と合流し総力戦に出るッ!」
ロッシュはシンを警戒するあまり、前線と距離を置き後方より援護射撃と、奇襲を迎え撃つ構えを取っていたが、彼が前線を離れていてはグレイスの恩恵を得たグレイス軍の者達を抑え切ることが出来ない。
本来、討ち取られてはならない総大将は、最も危険から遠い場所に身を置くのが単純に良いのかもしれない。だが主力の駒を失った今、グレイス軍の猛攻を打開できる可能性があるとするならば、それはロッシュ自身しかない。
出来ることならば、己で手を下さずに戦闘を制することが理想であったロッシュは苦肉の策にでる。それは総大将自ら最前線へ赴き、敵を迎え撃つことだった。
しかし、総大将自身に高い戦闘能力があるのならば、これは有効な作戦にもなり得る。今まで前線で戦う者達は、目の前で戦いながらも後方に控えるロッシュの護衛、奇襲防止に努めていた。だが、ロッシュ自ら前線で共に戦うことで、奇襲の警戒と戦闘を両方一遍にまとめて果たすことが出来、やるべき目的を一つに集中させることが可能になる。
「俺が直接出なきゃならねぇこの体たらく・・・。まったく情けねぇ、己の先見の明の無さに腹が立つぜ・・・。一層戦力の見直しを図るべきかもしれねぇなぁ。使えねぇ連中は、ここで海の藻屑になってもらおうか・・・」
自軍の不甲斐なさに、静かな怒りの業火を煮えたぎらせるロッシュ。どんなに手をかけ、慕われようとも彼にとっては所詮、駒の一つに過ぎない。それが例え、ロッシュ海賊団の主戦力であるフェリクスやヴォルテルと言えども例外ではない。
彼の中で、目的を果たせない駒は必要のないもの。使えなければ無茶な命令で排除し、新たな駒を補充していくだけ。彼に惹かれて付き従い、人生を大きく変えた者がいようと、彼にとっては取るに足らない餞別作業に過ぎないのだろう。
シルヴィ達がロッシュ軍の一隻を制圧し、次なる船へ乗り込み始めた頃、その直ぐ後方にロッシュを乗せた船が接近していた。
「あぁ?野郎、前線に出て来るつもりかよ。ハッ!いいねぇ・・・後ろで踏ん反り返っているだけの臆病者かと思ってたがな。だが、姉さんの力を授かったシルヴィ様を満足させられんのかッ!?」
敵船の接近に更なる闘志を燃やすシルヴィが、決戦の舞台を整えるかのようにロッシュ軍の船員を一掃して暴れ回る。船は大騒ぎとなり、船内に控えていた船員達も次々に甲板へ飛び出すと、倒れる仲間と悍しく不気味な笑みで斧を振るうシルヴィの姿に戦慄した。
丁度その頃、ロッシュの乗る船への潜入に成功していたシンは、慌ただしくなる船内の様子に想定していた状況との違いに困惑していた。
「・・・ッ?何故こんなに慌ただしい・・・バレたのか?」
船内のあちこちから聞こえる、慌ただしく走り回っているかのような足音は、シンの潜入を発見した訳ではなく、戦況の変化と作戦の変更により、近接戦闘用の準備を整えるため準備を急いでいたからだった。
シンの想定では、後方より前線の援護を行いながら戦地へ赴くといった状態で、ある程度落ち着いた船内で、静かにロッシュを狙う予定だった。しかし、この慌ただしい状況のせいで、動き回る者達の行動が予想できないため、下手に行動を取ることが出来なくなってしまった。
船は大きく揺れ、波に軋む船体の音が激しくなる。息を殺し様子を伺っていたシンは、暫くして大きな衝撃に襲われる。船は激しく船体を揺らし、何かに衝突したかのような木材の折れる音や鉄板の歪む音が鳴り響いた。
「なッ・・・!?この状況で座礁したのか!?いや・・・しかしそんな筈は・・・まッまさかッ!」
何かを悟ったシンは、直ぐに外の様子を確認できる窓へ向かうと、そこから覗く景色で状況を理解した。船は前線で行われている激しい戦闘の場に突っ込んでいた。それと同時に、威勢の良い咆哮と共に戦地となる船へ多くの船員が乗り込んでいく。
それまでの騒々しく慌ただしい船内とは打って変わって、激しい揺れは落ち着き静けさを取り戻し閑散とした船内で、ゆっくりとその場を動くシン。もぬけの殻となった船内で、部屋を移動しようと音を殺しながら扉を開け、廊下へと出る。
「よう、やっぱり来てやがったか・・・」
「ッ・・・!!」
突然背後から話しかけられたシンは、心臓が飛び出すほどの衝撃を受け、咄嗟に声のした方向とは逆の方へと飛び退いた。廊下へ身を乗り出す時、念入りに周囲を確認し誰もいないことを確かめた。そして気配を感じなかったからこそ部屋から出たのだが、どういう訳かそこにはロッシュの姿があったのだ。
「同じ手を喰らうほど馬鹿じゃねぇよ。漸くその面を拝めて嬉しいぜぇ・・・、覚悟は出来てんだろうなぇ・・・?」
一度俯いた男は、ゆっくりとその顔を上げて表情を見せると、ドスを利かせた声と雪辱を晴らさんとする鋭い目で睨みつけていた。




