急速冷却の魔の手
凍りついて離れない足を必死に動かそうとするルシアン。氷というものは厄介なもので、石化と同じく固まった物を砕いてしまえば容易に破損、損傷させることが出来てしまう。
無論、密度や大きさにもよるが、例えば木の枝のような物を凍らせたり石化させれば、容易く砕くことが可能だろう。そして石化よりも凍らせる方が、それを実行するハードルが低く、また解除もしやすい。
ヴォルテルのこれから行おうとしていることと、その笑みからは先程の木の枝の例えを、凍らされ動けないルシアンの足で実行しようという意志が、嫌でも伝わってくるようだった。
「戦闘中に起こる身体の損傷は、その戦闘が終了するまで完全に元通り回復させることは出来ねぇ・・・。俺の言いてぇこと、わかるよなぁあ!?」
「ッ・・・!?」
男の顔は、凡そ常人の持つ表情のものではなかった。悍しく歪んだ喜び。精巧に作られたガラス細工を割るように、絶妙なバランスを保ち積み上げられた積み木を崩すように、結果を想定しながら一つ一つ並び連ねたドミノを倒すように。
背徳感に愉悦した男の笑みは、本来の笑みから伝わる感情からは程遠い狂気と恐怖をルシアンに与えた。これから踏みにじられ蹂躙されるという、容易に想像できる迫り来る恐怖に急かされる。
しかし、狂人の差し向けるビジョンからは逃れることは出来ず、彼の脳裏に浮かぶ幻視は現実のものとなる。男がルシアンの元まで近づくと、凍りついて動かぬ足の片方を、足首の辺り目掛けて蹴りを放ち、バラバラに粉砕した。
「体力が残っていようがなかろうが、足を失った次点で勝敗は決まったも同然だ」
引っ張られていた糸が切れたように、それまで必死に向かおうとしていた後方へと、ルシアンの身体が飛ばされた。彼の動きを縛り付けていた氷から解き離れると共に、そこに置いてきたモノを惜しむように、彼の衣類や腕が視界の中で揺れ動く。
片方の足が、後方へ流される彼の身体を塞き止めるようにして支える。引っ張られていた身体を支える絶妙なバランス感覚は、片足でとるには余りに不自然なほど、彼の身体をピタリとその場に留めた。
「・・・テメェ・・・、器用なマネしやがる・・・」
ヴォルテルは、片足でとるには考えづらい彼のバランスに違和感を覚え、その足元に目をやると彼の足は失われてなどおらず、その代わりに膝下辺りからの衣服が剥がれていた。
ルシアンを留めていた氷結しているエリアを見ると、そこには一足のブーツが氷漬けで置いてあるだけだった。子供騙しのチープなカラクリではあるが、凍っていた部分のブーツを脱ぎ、その場を逃れていたのだ。
「だがよぉ・・・それで逃れたつもりか!?」
男が床に勢いよく手をつくと、氷結していた場所の氷がその範囲を急激に伸ばし、まだ凍っていない後方に逃れたルシアンの位置を通り過ぎるほどの勢いで凍らせた。
直ぐ様応戦しようと、ポケットのシャイカーを取り出すルシアンだったが、手に走る激痛に思わず手を離し、シェイカーを足元に落としてしまう。
「痛ッ・・・!!」
「ハッ!そんな冷気が伝わりやすい素材を使っていたのが仇になったなぁッ!テメェの足が凍るのを待たずして、先に道具の方が固っちまったようだなぁあ!?」
彼の十八番とも言える武器が封じられ、圧倒的不利な状況に陥る。今度は先ほどまでの氷とは段違いに強力で、無傷の足とブーツを置き去りにして何とか逃れることの出来た裸足の足諸共凍らされてしまう。
氷の浸食も早く、つま先からみるみる内に膝まで凍ると今度こそ完全に身動きを封じられてしまう。しかし、氷は彼の太腿から腰に差し掛かる辺りで、その浸食の勢いを失速させる。
「ッ・・・!何だ、どうして凍らねぇ・・・?」
「マジシャンやジャグラーというのは手先が器用でして・・・。多くの人の視線を集める中でそれを如何に誰にも悟られることなく欺くのが我々の“見せ所”なのですよ・・・」
彼の言葉と共に、その足元に落ちたシェイカーから不自然な音が聞こえて来るのをヴォルテルは聞き逃さなかった。直ぐにその音の根元を見ると、表面がどの角度からも同じに見えるシェイカーは、よく見ないと分からないほど振動しないまま高速回転をしていたのだ。
「なッ・・・何だッ!?」
シェイカーの隙間から、何やら液体が漏れ出し、周囲へとそれを細かく継続的に撒き散らしていく。その液体が付着した氷は、高熱に侵されように溶けていき、彼の身体を拘束から解放していった。




