失意からの再起
何故少女がここまで熱心に、店を繁盛させようとしてくれるのかは分からなかった。ルシアンは、何もせず酒を呷り、自暴自棄になっていた自分が恥ずかしくなったが、少女を手伝おうとはしなかった。
ここで出て行ってしまうのに引け目を感じていたのだ。少女はまた暫くチラシを配ると、次々と場所を変え、町を変えて配り続けた。いつしか物陰から見ていた筈のルシアンの影はなくなあり、少女は日が暮れるまでチラシ配りに没頭していた。
少女の配っていたチラシには、店の開店日時と自分が初めてショーを披露する日時が記載されていた。こんなことをしていて練習は出来ているのだろうか。店にはオーディオもないのに、無音で踊るつもりなのかと、様々な疑問がルシアンの脳裏に浮かぶ。
ある日、少女がいつものようにチラシを配り終え店に戻って来ると、店内の方が何やら騒がしく、楽器でも奏でているかのような音が聞こえて来たのだ。目を丸くして、何ごとだといった様子で足早に店へ向かう少女の足は、次第に駆け足へと変わる。
すると店内は以前までとはガラッと変わっており、ステージの奥には楽器のチューニングをする者が数名伺えた。少女は驚きと嬉しさに高揚し、一体どんな風の吹きようかとルシアンに尋ねるが、彼は何も答えることはなく、黙って開店の準備を進めていた。
町でルシアンの店を繁盛させるために東奔西走している姿を見て、自分もこうしてはいられないと触発されたなど言えるはずもない。自分が夢見て始めたことなのに、自分がやりたくて始めたことなのに。勝手に失望し、勝手に自暴自棄になって店を潰しかけた自分が情けなくて嫌になる。
後に彼を導くことになる一人の少女との出会いが、彼に新たな夢と生き甲斐に満ちた人生を歩ませる事になるとは、この時の二人には知る由もない。
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焼けた皮膚の表面が、ジンジンと内側から身を焦がした炎の熱を思い出させるように痛み出す。意識が徐々に鮮明になるルシアンの耳に、未だ諦めずヴォルテルに戦いを挑んでいる者達の奮闘の声が聞こえてくる。
あの時のように諦めるなど、二度と御免だ。一度正しい道へと導かれた人生は、二度目の失意を許容しない。同じ壁が訪れたとしても、もうその場で立ち往生することは許されない。
何のためにグレイスが自分を連れ出したのか。ルシアンは倒れたまま火傷を治療っするアイテムを調合し、自らに使う。本当は彼と同じく業火に苦しむ者達全員のために作ってやりたいが、数には限りがある。
グレイス軍の将でありながら不甲斐ない自らの責務を全うするため、回復スキルを使えるものだけにアイテムを調合し、何とか動けるまでになってもらう。前線で傷ついた者や火傷を負った者達を集め、治療を行わせるために。
無論、そんなことをヴォルテルが見過ごす筈もない。誰かが囮にならなければならないだろう。それこそが自分の役割であると、残された少数の船員と共に、未だ謎に包まれた恐ろしい盾の前に立ちはだかる。
「漸くお目覚めかい?もう少しで勝負が着いちまうところだったぜぇ!」
「お生憎・・・、私は往生際が悪いものでしてね・・・」
片膝を立て、甲板を撫でるように両側へ腕を広げるルシアン。すると、まるでマジックかのようにシェイカーがズラリと並ぶ。各々が小刻みに震え、違った音を奏で始めると、顔を上げたルシアンが片腕を顔の横に構えると、ヴォルテルに向けて宛ら号令の合図のように指を指す。
彼の指の動きと共に甲板に並び、煮えたぎる闘志を吹き出すかの如く、一斉に射出していくシェイカーの群れは真っ直ぐヴォルテルの元へ向かっていく。
「おいおいッ!馬鹿正直に真正面から撃つ奴があるかよ!一撃で全て叩き落としてやるよッ!」
ヴォルテルが盾を前方に構え、シールダーの基本攻撃の一つ、シールドバッシュのスキルを放つ。その大きな盾から放たれた攻撃は、風圧を生み威力を更に引き上げて襲いかかる。
まるで空気の壁だとも言わんばかりに、飛んでくるシェイカーを一遍に受けるヴォルテルのシールドバッシュ。その衝撃を受け、いくつかのシェイカーが煙を吹き出し、ヴォルテルの周りを白い煙幕で覆い、視界を奪う。
「テメェらはこぞって煙幕かぁッ!?姑息な弱者の戦法だッ!俺にそんなものは通用しねぇぞッ!?」
「常套手段ですよ。特に貴方のような要塞と化している相手にはね・・・」
既に背後にまで潜り込んでいたルシアンのナイフにより、ヴォルテルの膝の裏を狭い間隔で二度斬りつける。それだけなら今までの戦いの中で船員やルシアンの遠距離攻撃が与えていたダメージと同じだが、今回違うのは同じ裂傷が狭い間隔で与えられたことだった。
傷口が近いことで、間の皮膚も異常を来す他、ダメージ範囲も広がり痛みも通常よりも高くなる。それまで見せなかったヴォルテルの苦悶の表情が僅かに垣間見えた。姑息な手段に腹を立てたのか、ヴォルテルは煙幕の中で大きく盾を周囲に振るう。
そして彼は、自分の盾に何かが付いているのを目撃する。煙幕でよく見えず、思わず顔を近づけると、そのシルエットは何と、先ほど弾き飛ばした筈のシェイカーだったのだ。一体いつから引っ付いていたのかは分からない。そしてこれから起こることを想像しギョッとする。
何しろ今ヴォルテルは、爆弾に顔を近づけているようなものだった。もしこれが今ここで爆発したらと思い、すぐさまシェイカーの付いた面を自分とは逆の方に向けたその時、彼の嫌な予感は的中した。
盾に付いていたシェイカーが爆発し、ヴォルテルの上半身を仰け反らせ、傷を負ってない方の足が大きく後ろへ下がると、その足に彼の重心が一挙にのし掛かる。
その一瞬を見逃さなかったルシアンが、重心の乗った彼の鎧で覆われていない、弱点部位の膝裏を先程のと同じように斬りつける。堪らずバランスを崩したヴォルテルが盾を支えに、床に手をつき屈辱の四つん這い状態にされた。
痛みと驚きと屈辱に、ヴォルテルの額からは大粒の汗が流れ落ちた。




