船長の帰路
ロッシュにより最優先で命を狙われ、グレイスが海中に飛び込みシルヴィによって船へと引っ張ってもらう。シルヴィが危惧していた通り、海中には海上のライバル達とはまた別の脅威が潜んでいる。
それは他の人間達に比べればそれ程の脅威ではないが、決して侮ってはならない者達。レースにおいては人や船を襲う凶暴な者であればある程、ポイントを稼ぐことも可能なフィールドマップに主に現れる存在、”モンスター“であった。
陸で出会すモンスターであれば、戦って力量差があれば逃げることだって可能な場合がある。だが、海というフィールドはそこで暮らす彼らの土俵。確かに水中に特化したクラスも存在しているが、基本的な行動や呼吸などで圧倒的なアドバンテージがある。
その戦闘能力の差が、今正にグレイスを襲おうとしていた。ワイヤーを身体に繋ぎ、海を引かれるグレイスはその途中、海中にモンスターの影を目撃する。
「やはり来たか・・・。だが、これを乗り越えなきゃどの道、生き残ることなど出来ないさね!」
このまま海面に浮いた状態でモンスターを迎え撃つのは、波に揺られ戦いづらい。意を決したグレイスは大きく息を吸い込むと海中に潜り、迫りくるモンスターの攻撃を腰に付けた片手剣で迎え撃つ。
始めに彼女の存在を探知したのは、海面付近を縄張りとする小型の魚種モンスターだった。グレイスに向かった直進しながら口に含んだ水を、まるで弾丸のように連続して放つ。銃弾ほどの速さはない為、水中の中でも反応は出来る。
しかし陸上とは違い、水の中では動きが遅く全てを防ぐことはできなかった。数発グレイスの身体を掠っていくが、彼女もそれは仕方のないダメージだと覚悟して受けたものだった。初めから全弾防げないのは分かりきっていたこと、モンスターから放たれる時にある程度の軌道を読み、防げるものと避けられるものを選別し、ダメージを最小限に留めていたのだ。
モンスターが彼女に向かって突進して来るところを、手で頭部を受け止めながら装甲の薄い腹部に剣を突き刺す。そのまま暴れ回るモンスターを捕らえながら、彼女は水中でモンスターの身体に何度も剣を突き刺していった。
当然、モンスターの身体からは大量の血が溢れ出して来る。グレイスは自身にモンスターの血がかからないように倒すと、ワイヤーに引っ張られる勢いを利用して血の香りを海中に広げ、モンスターからゆっくり手を離していく。
こうする事により、嗅覚で獲物を探すモンスターをその場に引きつける効果が得られる。現に目の見えない魚やモンスターが、巻き餌に群がるように集まり出していくのが分かる。
息を整えるため、一度海面に上がったグレイスは残りの船までの距離を確認し、再度来るかもしれないモンスターの襲撃に警戒する。船の方から次々に撃ち込まれる砲撃の音が鳴り響いていた。報告を受けた段階では、ロッシュ軍の援軍により劣勢に立たされているという報告を受けていた為、今の戦況がどちらに傾いているのか気になり、早く戦場に戻らねばという意思が強まるばかりであった。
必死に船の上で、アンカーに繋がれたワイヤーを引くシルヴィの姿が見える。何としても彼女の努力に報いなければ、そう思っていた時に次なる刺客がやって来たのだ。それは海中の底から上がって来ると、波を立てるグレイス目掛けて突っ込んでくる。
その者の姿は、魚の頭部に人間の身体をしており体表は鱗で覆われている。首回りや背中に大きなヒレ、腕やかかと、尻尾に小さく鋭利なヒレを生やしていた。そしてその手には三叉の矛を持つ、ファンタジー系の創作物で言われるところの、所謂“サハギン”と呼ばれるモンスターだ。
身体をゆらゆらと左右に振りながら速度を上げ、上昇する勢いに乗せて三叉の矛をグレイス目掛けて投げ放つ。殺気に気付いた彼女は急ぎ剣を構え、反対の手の平で樋の部分を支えて受け止める。
しかし、その投擲に意識を持っていかれている隙にサハギンは迂回して近づき、鋭い爪による攻撃を貰ってしまう。ダメージこそ大した事はなかったが、先程の戦闘でもあった通り、海中で出血するということが何よりの痛手だ。
決して油断していたわけではない。水中というフィールドにおいて、その行動力の差がもたらした不運と言ってもいいだろう。急ぎ止血の為、怪我した部位へ布を巻きつけて縛り上げる。モンスターの動きを確認し、呼吸をするため海面へと上がる。
再び船までの距離を確認すると、漸くもう少しといった位置にまで近づいていた。グレイスは大声で、船にいるシルヴィの気を引くと彼女に人手を集めるよう指示する。
「シルヴィッ!モンスターに襲われているッ!上から確認できるかッ!?」
「姉さんッ!・・・・・あぁ、いたぜッ!ここからでも影が見えるッ!」
「人手は集められるか!?上から狙い撃ってくれッ!」
グレイスに言われた通り、手の空いている者に呼びかけ船尾に集められるだけ集めると、モンスターがグレイスから距離を空けた時を見計らい銃撃させた。モンスターも逃げ出すことなく、執拗にグレイスへの攻撃を繰り返す。何度も反撃を試みるグレイスだが、水を吸った衣類に水中というフィールド、そして船に近づけば近づく程波の影響を受け、思い通りに動けない。
援護射撃を得てモンスターを迎え撃つグレイスが勝つのが先か、それとも彼女に外傷を与え続けて消耗させ削り切るのが先か。だが、この鬩ぎ合いはそう長くは続かなかった。モンスターの攻撃に集中していたグレイスの身体が何かにぶつかる。
シルヴィは遂にやり遂げたのだ。船員達による援護射撃は、モンスターの攻撃を躊躇わせグレイスを船に手繰り寄せるための時間稼ぎを見事に果たした。身体を船体に引きずりながら引き上げられたグレイス。身体は冷え切っており、モンスターに襲われた外傷で体力を消耗してしまっていた。
「姉さんを温かいところへッ!それと直ぐに傷の手当てをしろッ!」
身体を震わせ、唇を青紫に染めたグレイスを船員達が介護する。霞む景色の中、彼女は錆び付いたロボットのようにぎこちなく首を動かし、周辺の様子を伺う。
「船は・・・戦況は・・・」
この島に着いた時には六隻あったグレイス軍の船は、見渡す限り三隻しか残っていなかった。ロッシュ軍の船に至っては確認することすら出来ず、彼らの軍には援軍で数隻合流したということを考えると、劣勢であったことは間違いない。現在の戦況を確認しなければ、治療に専念出来そうにない。




