静かに飲み込む影
グレイス軍の船から、宛ら打ち上げ花火のように次々に空高く打ち上げられる迫撃砲。その砲弾は放物線を描き、ゆっくりとその勢いを緩めながら拡散し、ロッシュ船団を包む海に落ちた雲塊へと降り注いだ。
「このままでは埒が明かないッ!今向いている方角から反転するように旋回し、後方より煙幕を脱します!その後我々が迂回し、敵船の排除を行います」
フェリクスが煙幕の中を進もうとした時、上空から煙を突き抜け拡散した砲弾が甲板を叩き音を奏で始める。砲弾は降下する勢いも加わり、大きい物では船の甲板を突き抜け、船内を散らかす物もあった。
「くッ・・・!これは・・・迫撃砲!?マズイですね、敵側の放った煙幕は端からこれが狙いだったようですね」
「船長には、どのように・・・?」
「ロッシュ船長の乗る船の心配は要りません。・・・問題は他の船ですね、無闇に外に出すわけにもいきません」
彼はロッシュが煙幕の中で何をしたのかを知っている。それはスコープを覗いている時に見かけた、とある光に秘密があった。
「船長ッ!空から銃弾のような雨がッ・・・」
ロッシュは依然変わりなく船首に立ったまま動かず、迫撃砲による強襲にも動揺した様子は見せなかった。それもそのお筈、彼の乗る船だけ降り注ぐ砲弾の威力が別物のように違っていたのだ。
「構わん、作戦はフェリクスに一任している。・・・指示を待て」
まだ甚大な被害が出る前に、各船へフェリクスより通信が入る。そのまま煙幕の中で迫撃砲に晒しておくわけにもいかない為、彼の乗る船同様に後方へ旋回し煙幕からの脱出を図るよう伝えられた。
しかし、一方的に攻撃が出来ている筈のグレイス軍による迫撃砲が、不思議なことに旋回している途中で止んだのだ。何故だかは分からなかったが、今の内と脱出を急ぐ一行。
「ん・・・?何故でしょう、迫撃砲が止み始めました・・・。弾切れか・・・?元々海上で行うには難しい攻撃手段です・・・、迫撃砲に使う砲弾を多く積み込んでいなかったのだろう。それなら別の戦術でも・・・?」
だが、一足先に動き出していたフェリクスを乗せた船が煙幕から脱しようかという時、グレイス軍のいる方角から砲撃音が再び鳴り出すと、まだ中に残る味方船の方から赤と呼ぶにはやや鮮やかな色をした発光が見られた。直ぐに火薬を使った攻撃、或いは魔法であることは予想できたが、何故煙幕の中を狙えるのか。
「なるほど・・・それで私の出番だった、と言うわけですね」
「えぇ、迫撃砲は風の影響や常に移動しながら撃つことを考慮すると、海上戦では効果的とは言えません。なので弾数が他の砲弾や物資よりも少なかったのです。ですが、ルシアンさんの調合を駆使すれば、海上戦でも少量で効果的な砲弾を作り出すことが出来ます。・・・まぁ、上手くいったら煙幕とはさよなら、ですが・・・」
エリクが元より想定していた作戦とは、煙幕の中に迫撃砲を撃ち込むだけではなく、その次の段階も用意されていたのだった。その作戦の要となるのがルシアンの調合により作り出される、特殊砲弾だった。
撃ち出された特殊砲弾は、それまでの迫撃砲と同様に煙幕の中へと降り注ぐのだが、迫撃砲の砲弾と違っていたのは発射時に発生する火花の量と、弾自体に熱を帯びておりおり、着弾地点の気温を上げていたことだ。
ロッシュが甲板の落ちて来た特殊砲弾に目をやる。それまでの砲弾とは明かに違うことは一目瞭然。そしてその砲弾は、彼の表情を変えるだけの脅威であることを証明して見せた。ゴロゴロと彼の足元に転がって来た砲弾が突然、蒸気のような吹き出し音と共に火花を散らしたのだ。
「これは・・・!!マズイッ!船内から急ぎ奴を連れて来いッ!出番だッ」
発火した砲弾は発火し、炎を生み出すと甲板のあちこちを燃やし始めたのだ。遂に焦りの表情を見せたロッシュに命じられ、船員へと駆け込むと暫くして大きな鎧姿の男を連れてきた。
「漸く俺を使ってくれる気になりやしたかッ!船長ッ!」
「やむを得ん状況になった。何とかしろ、ヴォルテル」
ロッシュが呼び出したヴォルテルという男は、三メートルはあろうかというオーガ種の様な図体をしており、その屈強な肉体を頑丈な鎧で覆い尽くしていた。ヴォルテルが巨大な盾を取り出すと、それを空へ掲げると船の上に覆いかぶさる程大きな盾が出現し、降り注ぐ砲弾を海へと落としていく。
「あれは火炎弾だったのか・・・!?急ぎ煙幕を迂回し、敵の狙撃を行いますッ!・・・・・?」
煙幕から脱したフェリクスの船が、グレイス軍の見える位置へと移動し援護射撃を行おうとするが、彼の指示は船内に響くだけで返事が帰ってこない。操縦席へもその声は届いていないようで、船は煙幕を抜け出しそのまま後方へ直進し続けていた。
何度も声を出したがフェリクスに返事をするものはなく、このままでは味方船との距離が開いてしまう。手遅れになる前に、自ら船内の様子を伺いに奔走するフェリクス。しかし、探せど探せど乗っていた筈の船員は誰一人見当たらない。
攻撃を受けたような音や気配など一切しなかった。追撃砲にやられたのであれば死体だって残るだろう。だが、船内には血痕すらない。文字通り、フェリクスの乗っている船の船員は煙幕を抜けるのと共に姿を消していたのだ。
「・・・どういう・・・ことだ?アイツらは何処へ行った・・・?」
唖然とした。人が集団で突然消えるなど、港町の噂でしか聞いたことがない。彼はその現象のことについて考えるよりも、身体が勝手に動き誰かいないかと、何処を探したのか忘れてしまうほど、ただ動き回り探した。しかし結果は変わらない。
彼があまりの出来事に呆然と立ち尽くしていると、背後で何かが動く気配を感じた。直ぐに振り返って様子を見るも、その周辺に気配はない。すると次は足元に気配を感じ、首を折り周辺を隈なく探す。だが、やはり何も見つからない。
冷たい汗が首筋を伝う。何も聞こえず何も感じない、それなのに側に何かが潜んでいるとしか思えない。フェリクスは不思議な感覚に襲われる。五感で得られず情報の中では、確実にこの船に乗っているのは自分一人の筈なのに、脳がそれを否定しているのだ。
だが、そんな奇妙な体験は夢だったのかと思うほどあっという間に、終わりを告げることになる。足元に注意を向けている間に、彼の首筋に迫る二つの影があった。床に映る自身の影が僅かに、気のせいかと思うほど小さな変化に気付いた彼が上を見上げた時には既に、その目に映る景色はぐるりと回転した。
「かはッ・・・!何が・・・一体・・・どうやって・・・」
力無く倒れたフェリクスは、次第に意識を失っていく。彼の側には、彼が確かに感じていた何者かの影があった。その影は意識を失ったフェリクスの身体を掴み、物陰へと引き摺り込んでいったのだった。




