義理立て工作
赤い船体が海原を掻き分け、洗い波を立てながら浜へ近づく。速力を徐々に下げ、シン達の乗る船に寄せながら、浜を歩くハオランがその様子を凝視して歩いていく。到着した船がハオランの前で止まると、ツクヨとグレイスの二名を乗せた上陸用の小舟を下ろす。
「ハオラン・・・?貴方もこの島に来ていたのですか?それじゃぁシュユーやフーファンも・・・?」
「いえ、ここには私一人で来ました。そこへミアさんがやって来て、紆余曲折ありながら共に船に戻ってきた訳です。皆さんお待ちですよ、直ぐに行ってあげて下さい、ツクヨさん」
ツクヨがハオランに会釈しながら、こちらへ小走りで向かってくるのを甲板から見ているミア。全員が揃って後は島を離脱するだけなのだが、ハオランの言っていたことが彼女の脳裏に思い浮かんでいた。
彼は深妙な面持ちで言っていた。何かを知っているであろうグレイスに聞かなければならないこと、そして確認しなければならないことがあると。これは果たして彼らだけの問題なのだろうか彼女にはどうもそうは思えなかった。それに彼の言っていた通り、ツバキを助けるにはただ救いの手を求めるばかりではならない。
「お〜い!ミア!シン!無事かい?何か砲撃があったみたいだけど・・・」
馴染みのある声を聞きつけ、船内からはシンが外の様子を見にやってくる。外からは帰ってきたツクヨが船を登ってくる。当初の目的は果たせなかったが、戦禍に巻き込まれず無事に再開を果たした三人。
「このままじゃ・・・ダメかもな・・・」
「え・・・?」
「何かをしてもらうには、何かをしなくちゃ・・・だろ」
彼女の言葉が何を指して意味したものなのか、直ぐに理解することが出来なかったが、ミアと共に船内でハオランにツバキを診てもらっていたシンには、それが何を意味しての言葉なのかが分かり出してきた。
ハオランは遠回しに彼らの手助けをしてくれたのだ。シュユーやフーファンのいる部隊であればツバキの治療を行えるかもしれない。だが彼らの主人はそれを承諾しないであろうこと。みすみすライバルになり得る存在に手を貸すことなどする筈もない。
「もう少しここに止まる、もう少しだけ・・・。いいな?」
ミアには何か思惑がある様だ。彼女は深く語ろうとはしなかったが、二人にはそれだけで十分だった。それだけ二人はミアを信用し、信頼しているが故に黙って首を縦に振った。
「グレイスさん・・・少しよろしいでしょうか」
ツクヨが二人の元へ向かった後、ハオランはグレイスにいくつか質問をした。
「何だ?そんなに改まって」
「私は・・・私はある人物に会おうとこの島に来ました。・・・ところがその人物は居らず、居たのはミアさん達と・・・グレイスさん、貴方でした。貴方は一体何をしにここへ?」
「・・・自分から理由を話すなんて、はぐらかさせない為かい?」
彼女の返しにハオランは、見え透いたやり方だと自分でも可笑しくなったのか、鼻で軽く笑ってみせた。だが、それが功を奏したのかグレイスはこの島に来た理由と、自らの目的について口にする。
「私がここに来たのは・・・」
するとその時、彼女の乗ってきた船から無線が飛ばされて来た。その内容にグレイスが話しかけていた目的についての主旨が含まれていた。
「船長!敵船を視認!只今交戦中です!・・・その中に目標である“ロッシュ”を確認。・・・ですが敵船の砲撃があまりに正確で、こちらの被害が想像より速く甚大です!直ちに戻れますか!?」
「あぁ、これから戻るよ。それまで持ち堪えな!」
「了解!」
グレイスと船員のやり取りの中で現れた新たな名前、“ロッシュ”。彼こそがミアとハオランが目撃した船団の主人であり、精密な狙撃をこなす技術を携えた者の名だった。
「ロッシュ・・・?彼がここに・・・?」
「あぁ、あの作戦での目的は奴らの分断だった。移動ポータルの転移先は、元の移動ポータルの転移場所から離れていればアタシに一任してくれただろ?だから奴の海賊船にあった移動ポータルの転移場所をこの島に指定した。細工をしてな・・・」
グレイスとチン・シーの間で画策されていた作戦の目的は、ロロネーとロッシュの作戦を潰し、合流を阻止する事にあった。その為のツールとして彼らは移動ポータルを活用しようとしていたのだ。
シン達がグレイスと共に行った作戦でポータルは挿げ替えられ、移動先の異なるポータルをロッシュの海賊船に置いてきた。そのポータルの移動先こそ、今彼らが集っているこの孤島なのだ。
そしてグレイスはロッシュに個人的な疑義の念を抱いていた。




