夜遊び
ツバキが少し不服そうにしながらも納得すると、作業場の水辺に浮かぶ彼の造った乗り物の方へと向かっていく。それを引き寄せ手に取ると、ハオランの元へと向かい手渡した。
「・・・ありがとう、よろしく・・・お願いします」
珍しく素直なツバキが初めて敬語でお願いするところを目の当たりにしたシン達が、思わずクスクスと笑い出す。恥ずかしそうに頬を赤らめ起こり出すツバキに殴られながら、微笑ましい間柄を覗かせる彼らを暖かい目で見つめるハオランとフーファン。
「こちらこそ助かるよ、ありがとう。力になれるかは分からないが善処しよう。さぁフーファン、一緒に帰ろうか」
「はい！ハオランさん」
用事を済ませたハオランがフーファンを連れ、ウィリアムの作業場を後にした。彼らが扉から出て行った後、ウィリアムが何処へ行ったのかとツバキに尋ねるシン達だったが、彼は行き先を告げずに出掛けて行ったのだという。
いちいち行き先を言うほどマメな人ではないとツバキは話したが、これではエイヴリーの一件は後日になるかもしれないと諦めるしかなかった。そのまま就寝についても良かったが、ハオランが持って帰ったツバキの乗り物に興味を持っていたツクヨが少し乗せてくれないかと頼む。
レースに参加するなら乗せてやってもいいと、冗談交じりに言うツバキに手を合わせて懇願するツクヨ。これではどちらが年上なのか分からないといった様子で呆れるミアだった。そしてもう一人、昂る気持ちをひた隠しにしていたシンも思わず彼の造る乗り物を見せてくれないかと歩みを進めた。
ツバキの造った一人用の乗り物とは、ボード状の乗り物で後方にエンジンのようなものと噴射口が取り付けられたもので、乗る者のスキルを反映させた出力を実現させたのだと言う。言葉で聞いてもイマイチピンとこない二人は、彼の許可を得て試し乗りをさせてもらうことになった。
「ここじゃじじぃの物を壊しそうだから、近くの海辺に出てやろう。ミアはどうすんだ？」
「私は見てるだけでいい」
彼女の返事を受け、ツバキは自分の分のボードを水辺に放るとそれに飛び乗り、シンとツクヨを手招きしてついて来いといった様子で先導していく。ボードの前方に重心をかけると前に進み、後ろにかけると減速するわかりやすい仕組みになっていた。
ゆっくり慎重に水の上を進んでいく二人は、宛ら初めて氷上のスケートを体験するようにフラフラと彼の後を追っていく。そしてミアは上の階へと上がり、外に出るとそんな三人の様子をゆったりと眺めていた。
夜の海は真っ暗で、店や停泊場の光で照らされているとはいえ、底の見えない水面が怖さを駆り立てる。バランスを取るので精一杯の様子のシン達を尻目に先に開けた場所へ到達したツバキが、試しにと噴射口から勢い良く水を噴射させて加速し、辺りを何周かして見せた。
「今のはこのボードの基本操作だ。俺のスキルじゃ見た目が地味だから分からないだろうし、まずは自分でやってみるこった！使うスキルを頭の中でイメージして噴射口に出力するんだ。何も難しいことじゃない、イメージして手をかざすだけでいい」
言われるがまま、シンとツクヨはボードの上でフラフラしながらも、自身のスキルをイメージして噴射口の方へと手をかざす。すると、シンの乗るボード噴射口からは真っ黒な水飛沫を噴射させて勢い良く前進した。バランスを崩し、ボードに置き去りにされたシンは海へと落ちる。
ツクヨの方は噴射口から水圧カッターのような斬撃が射出され、海を泳ぐサメのヒレのように、海面を走って行く。彼の方はそれほど噴射が激しくなかったため、辛うじて海には落ちなかったが、それでもぎこちない様子に変わりはない。
「まぁ・・・初めはこんなもんか？出力できただけでも御の字か」
水上スキーのように器用な足捌きでボードを走らせ、海に落ちて浮かんでいるシンを救い上げると、彼が黒い水飛沫で飛ばしたボードの方へと向かう。ビショ濡れの状態でツバキのボードに乗せられるシンは、因みにハオランはどうだったのかと聞く。
どうやら彼は一人用の舟や乗り物に慣れているそうで、少し動かしただけで要領を掴み、直ぐに乗りこなしていたのだそうだ。流石は海に慣れた物達は違うなと知ったような口を利く、彼のボードにしがみ付くシンを哀れむような目で見るツバキ。
「なんだよ・・・、初心者なんだから仕方がないだろ？」
「・・・何も言ってないだろ・・・」
今度はシンとツバキの間で行われる茶番。その後、自分のボードに戻して貰ったシンは、ツクヨと共に飽きるまでボード乗りの練習をしていた。ミアはそんな彼らの様子を最後まで見ることなく、途中でツバキに家へ戻ると告げると、彼は家の鍵がある場所を教え、彼女はその通りの場所へ向かい、家路についた。
ミアが就寝した後、数時間ほど練習を楽しんだシンとツクヨも満足したようで、くたくたの状態で彼の家へ共に帰り、死んだように床に倒れ込んでそのまま眠りについた。
翌朝、すっかり寝込んでしまったシンとツクヨを叩き起こすミア。何もそんなにしなくてもと思う二人であったが、今日は彼らにとっても重要な用事があった。
「おいッ！いつまで寝てるんだお前ら！もうすぐセレモニーの中継が始まるぞ」
それは突如として現れた怪しげなスポンサーの正体について、何かが明かされるかもしれないという重要なイベント。彼らはWoFの世界に起きる異変に、関与しているであろう“黒いコート”の人物の手掛かりを得られるのだろうか。
