待っている間のひと時
ともあれ、ツクヨの想像以上に早い回復は一行にとっても喜ばしい事に変わりない。ツクヨはそのままやって来た医療班の隊員について行き、退院の手続きを始めた。
彼が手続きをしている間、暇になった一行はロビーで待っていたり、完了予定の時間を聞いて医療施設を見て回る者達とで別れた。
じっとしているのが性に合わないツバキは、案の定施設内を見て回ってくるといって何処かへ行ってしまった。アカリも何か知識に役立つものがあるかも知れないと、勉強の為邪魔にならない程度に見てくると伝え、小さくなった紅葉と共に施設内を見に行った。
丁度二人が離れたことで、現実世界の話をしやすくなったシンとミアは、シンが現在の現実世界へ飛んだ事により、そこで得た情報とアサシンギルドにストラテジー要素が加わった話をした。
「へぇ、WoF産の回復薬がねぇ」
「ミアは知ってた?」
「何を?」
「現実世界にはWoFの回復薬のような物が手に入らないって事だよ。じゃぁ彼らの回復ってのは一体どうやっていたんだ?自然回復?そもそも自然回復出来るのか?俺達みたいに」
「何でそういう肝心なところを聞いて来なかったんだ・・・」
「悪かったよ、メッセージで聞いてみる。けど俺達がこっちから送る回復薬があれば、結局その心配もなくなるんじゃ?」
確かに今後のアサシンギルドの状況から言えば、シン達が供給する回復薬により危険な場所への調査や多少無茶な戦闘をしても、回復薬があるという安心感が生まれる。
しかし、イーラ・ノマド達の回復について知ることは、敵対する者達の弱点を知ることにも繋がるのではないかとミアは言う。分かりやすく言えば、遠く遠征する際や広大な戦場で戦う際、それに長期間に渡る戦いを繰り広げる時、兵糧と同じように部隊や兵力の士気を維持するのにも繋がる、戦闘の要を一つ潰すことが出来るという訳だ。
瞬時の回復や蘇生には、アイテムの力や様々なスキルによる効果、或いは何らかの装置によって行われることが殆どだろう。それを潰されるということは、戦闘不能になった者や死亡したがまだ蘇生が可能な範囲である者達が軒並み再起不能になるのだ。
回復できるという後ろ盾が無くなることにより前線が慎重になったり、戦闘放棄をする者も出てくるだろう。部隊として大きな混乱を生む、または作戦を変更せざるを得ない状況になる訳だ。
となればどんなに名軍師がいたとしても、士気の低下や駒の消失により立て直しが出来ない状況に陥ることは目に見えている。つまりアサシンギルドがフィアーズと対等に戦える事も十分にあり得るのだとミアは語った。
「けど、そこに気付かないほど白獅やヘラルトも抜けてはいないんじゃないか?」
「まぁ既に動いてないって事は、そういう事なんだろうけど・・・。それでもシン達がそれを知っておくに越した事はないだろ?」
「それについては、ぐうの音も出ないよ・・・。取り敢えず確認してみます」
ミアの正論にたじたじになるシンを見て、ミアは結婚したら尻に敷かれそうだなとトドメの一撃を放ち、この話題は幕を閉じた。
その後、ヘラルトが開発したWoFのアイテムを現実世界へ送るシステムの話を聞き、幾つか役に立ちそうなアイテムを送ってみる事にした。送信の際に効果が劣化してしまう事を踏まえ、自分達で使う分を残しながら少し高価な物を送る。
アサシンギルドの宛先を登録しているシンに、ミアはアイテム欄から幾つかのアイテムを送る。そしてそれをまとめてシンが、瑜那が繋いでくれたメッセージ機能と同じ宛先にアイテムをプレゼントという形で送信した。
後にも先にも、こんな経験は初めてだった為どうなるか分からぬまま試してみた二人。しかし何かエラーが出るわけでもなく、送ったアイテムがアイテム欄から消えたのを確認すると、無言のままシンはミアの方を見る。
「どうなった?」
「わっ分からない・・・けど、エラーは出てないしアイテムは無くなってる」
ハッキリしないシンの返答に、眉をひそませたミアがもう一度確認を取る。
「って事は送れたってこと?」
「多分・・・?いや、俺にだって分からないんだってば!エラー表示も出なければ返事もッ・・・あ!」
思わず大声をあげて何かに気がついてシン。周りの視線が集まる中、ミアは彼に代わり周囲の人達や職員に頭を下げる。何故自分が謝らなければならないのだと言わんばかりに、シンの腿を抓るミア。
「ごッごめんって。でも返事が来たんだ、ちゃんと送れたみたい」
今度は周りに迷惑を掛けないように小声でヒソヒソと会話する二人の様子は、それはそれでかえって目立っているようで、ロビーに妙なざわつきを生んだ。




