お迎えと退院
「ところでアンタ、お仲間のところに戻らなくてもいいのか?ツクヨももうすっかり良くなってるみたいだぜ?」
アクセルに言われ、ふと我に返るシン。旅は自分一人でしている訳ではないのだから、一人で先のことをあれこれ考えていても仕方がないと、早速アクセルとケネトに聞いた話をミア達にしようと、一行が泊まっている宿屋へ向かうことにした。
現実世界へ送る用の回復薬として、試しに最も効果のある回復薬を数個だけ購入すると、二人に別れを告げて店を後にした。
ミアに言われた時間潰しは満足に出来ただろうか。そろそろ戻っても彼女の言い訳と辻褄が合うだろうか。そんな事を考えながらシンは宿屋へと入る。そして一行が泊まっている二階の部屋へ向かうと、丁度出掛けるところだったのか、一行が泊まる部屋からミア達が現れた。
「あっみんな・・・」
「お?シンじゃねぇか!ミア!アカリ!シンが帰って来たぞぉ!」
相変わらずの大きな声で、まだ扉で見えない二人に向かって声を掛けるツバキ。その声に誘われるように飛び出して来たのはアカリだった。扉からひょこっと顔を出してシンがいるという廊下を覗く彼女の顔は、シンの姿をその瞳に捉えると笑顔に変わった。
「お帰りなさい、シンさん!」
嘗て現実世界でも、こんなに温かく帰りを迎えてくれた環境があっただろうか。今はもう記憶から薄れてしまった幼き日々の記憶になら、家族に迎えられた記憶もあるのだろうが、大人になってもここまで他の誰かに帰りを望まれていたと思える瞬間がなかったシンは、僅かに瞳を潤わせる。
「ただいま。心配かけちゃったか?」
「いいえ、ミアさんが大丈夫だと言ったので、私はそれを信じてましたから!」
「俺も心配なんかしちゃいなかったぜ!お前ら何だか妙に頑丈だし、回復も早いからな」
鋭い着眼点を持つツバキの発言に驚かされつつも、素直じゃないツバキの肩を叩きながら迎えてくれたお礼を伝えるシン。そんなやり取りをしている内に、支度を整え部屋の戸締りを確認し終えたミアが部屋から出て扉を閉じる。
丁度いい時に帰って来たと目で合図を送るミア。タイミングを見誤らずに済んだと、ほっと胸を撫で下ろすシン。何処へ向かうかも聞かされぬまま、来た道を戻され階段を降りていくシンは、全員で何処へ向かおうというのかを問う。
「これから何処へ向かうんだ?」
「ツクヨのところだよ。検査が終わって今日退院なんだ」
「なるほど、それで・・・」
ここで漸くミアがさっき向けた目の合図の意味を察したシン。こちらの世界に帰って来ている事を知っていたミアは、シンが宿屋へ戻って来なかったらWoFのメッセージ機能を使って、自然な感じで合流出来るよう作戦を組まねばならなかった。
余計な神経と手間を使う時間を省けたのはミアも同じだった。脳内にあった一つの問題が解決し、スッキリした頭でツクヨのいる医療施設へ向かった一行は、受付で要件を伝えると病室へ案内された。
以前訪れたアクセルとの同室からは全く違う方向に移動なっていて、初見のシンには一人でもう一度同じ道のりを辿るのが不安になるくらいに、病室が変わっていた。
病人や通院している患者、白衣を着た様々な人達が行き交う中をまるで人の流れを見極めながら進んだ先に、漸くツクヨのいるという軽度の病状や退院が近い患者がまとめられている病室に案内された。
静かに開けられた部屋の中には、幾つかのカーテンやパーテーションで患者個人のスペースが分けられていた。ツクヨのスペースは入ってすぐの右側のカーテンに囲われたスペースだった。
カーテンが開けられると、そこには元気そうにベッドに腰掛けたツクヨの姿があった。
「みんな!来てくれたんだね」
「当たり前だろ、仲間なんだから」
「身体はもういいのか?」
シンの問いに、元気よく腕を回してみせるツクヨ。身体の傷や疲労に関しては、彼がWoF のユーザーである事もあり、この世界の住人達よりも遥かに治りも早く傷も残らないようだ。
精密検査の結果も全てが異常なしで通ったらしい。WoFというゲーム内で言うところの戦闘中や戦闘後にも及ぶ状態異常、そして呪いのように特定の治療や解除魔法などを行わなければならないステータス異常の事のようだが、それらに掛かっている様子もなかったようだ。
正確には掛かっていたのかも知れないが、ユーザーという特殊な体質、存在であるが故に自然回復したものと思われる。
「見ての通りさ!もう全快バリバリッ!」
安堵して喜ぶツバキとアカリに対し、シンは僅かに目を丸くして驚いた様子を見せる。それを察してミアが彼に、嘗てのシンと同じだと状況を語る。
「最初に私らが戦った異変の犠牲者の事を覚えてるか?」
耳打ちするように顔を近づけるミアが、小声で嘗ての“メア”との戦いの事をシンに尋ねる。彼女の言う“異変の犠牲者”というのは、本来のWoFではあり得ない力とストーリー構成によって歪められた存在である者の事を指していた。
今までシン達が出会って来た者達で言うところの”メア“や”シュトラール“、海上レースでは”フランソワ・ロロネー“や”リヴァイアサン“がそれに該当するだろう。
彼らはシン達の知らぬところで、様々な黒衣の人物達と接触していた。その者達によって歪められたのか、或いはその接触自体に何かしらの意味や原因があったのかは分からないが、無関係でないのは確かだ。
本来設定されているであろうレベル帯を超えた力を持つ事になってしまったメアに、シンもミアも満身創痍で挑み辛うじて倒すことが出来た。その時のシンに至っては、見るも惨たらしい姿となるほどの傷やダメージを負っていた。
しかし数日安静に過ごしただけで、欠損した身体は戻り傷も綺麗に消え去っていた。欠損部位の再生は戦闘が終わった直後に行われていたようで、村の人達の目に触れる前に”大きな傷“という状態へと変わっていた。
今回、ツクヨの身体に欠損はなかったが、代わりに体内に蓄積されたダメージや疲労、草薙剣の制御し切れないほどの力を使い、ボロボロとなっていた筈。それに加えて、光脈の精気や山の神となる巨大な存在に取り込まれた影響による状態異常、精神異常などが起こっていても何ら不思議はなかった状況だった。
便利な肉体であるという印象よりも、二人は自分達が一体どんな身体になってしまっているのか、どんな存在になっているかなどの不気味さといった印象の方が勝っていた。




