唐突なレベル帯の引き上げ
シンがWoFの世界へと戻ると、既にシンが現実世界へ旅立ってから丸々二日が経過していた。彼が現実世界に居たのは、時間にして僅か一時間ほどだった。
現実世界とWoFの世界で時間の感覚が大きく異なるのは理解していたつもりだったシンだが、この短期間の帰還で漸くその大きな時差に気がつく事ができたのだ。
ミアと現実世界に残して来たという母親の話をした後、ミアの部屋をノックする音が室内に響く。声の主はアカリのようだった。珍しく朝早く起きて来ないミアを心配したように声を掛ける。
「ミアさん、起きてますか?」
初めは何のことだか分からず顔を見合わせるシンとミア。そこで漸く話し込んでしまって仲間達に顔を見せていない事に気がついたミアが、急ぎシンに窓から部屋を出ろと指示を出す。
「あっあぁ、おっ起きてるよ。今そっちに行くから、ちょっと待っててくれ」
「ごめんなさい、大丈夫そうで安心しました。何かある訳でもないので、ゆっくりしてて下さい」
「おっおう、心配かけて悪かったな」
珍しく言葉に焦りの色が見えるミアに、僅かに疑問を抱いたかのような声を掛けたアカリだったが、彼女の計らいでそれ以上深入りすることはなかった。何とかマズイ場面を気取られずに済んだ二人。
二階の窓から下へと降りたシンに、暫く街を歩いてから頃合いを見て宿屋に戻って来いと指示を出すミア。ここは彼女の言葉に従っておこうと、シンは声を出さずに頷くとそのまま回復薬の置いてある店を探しに向かった。
アイテムの看板を目印に探しながら、平穏な日々を送るハインドの街を見て、あの時に起きた神饌の儀式がまるで嘘だったかのように暮らす人々を見て無事に済んだのだと安堵する。
回帰の山の方を見ると、儀式が行われていた時にあった濃霧はすっかり無くなって、山頂まで見えるほど周囲の空は澄んでいた。あの山を超えて更に先へと進んだ先に、漸くアークシティがあるのだ。
そこに辿り着けば、黒い衣の人物達の謎やWoFの世界に起きている異変について何か分かるかもしれない。そんな期待を持ちながら、探していた店を見つけ店内へと入る。
するとそこに居たのは、医療施設で治療と療養を行なっていたアクセルとケネトだった。
「お?シンか!いつの間に戻ってたんだ?」
そこでシンは、ミアに言われていた事を思い出す。シンが現実世界へ行っている間、シンは街の外のクエストに出ていた事になっているのだと。
「あっあぁ、ついさっきな」
「そっか。しかし妙だよなぁ・・・ギルドに聞きに行っても、アンタの受けたクエストってやらが無くてよう。変な詐欺に引っ掛かったんじゃねぇかって心配してたんだぜ?」
「詐欺?」
アクセルの言う詐欺の内容について話し始めたのは、彼の仲間であり親友のケネトだった。どうやら回帰の山での一件が解決して以降、早速向こう側からやって来た者達がいるらしく、その中に向こう側でのモンスター退治の依頼をする者がいるようなのだ。
アクセルがまだ入院している頃、ケネトの元にも怪しげな個人クエストの依頼が来たのだと言う。だが彼らは現在、ハインドの街を拠点にしていることからも、その申し出を断っていたのだという。
「回帰の山の向こうは、格段にモンスターや賊のレベルが上がる。アクセルと俺が全快だったとしても、何の準備も無しじゃ数日と保たない」
「いいや、それはどうかな!今の俺なら十分戦えるだろうぜ?」
「止せよ。また無茶をして今度こそ命を落としたら洒落にならんだろ」
随分と物騒な話をする二人に、シンは山の向こう側がどれくらいの危険なところなのかを問う。二人の話によると、どうやら山の向こうの環境が変わったのは最近の出来事らしく、生半可な冒険者のレベルや熟練度では太刀打ち出来ないほどらしい。
「そんなにレベルが高いのか?」
「そうだなぁ・・・。アンタんところで言うと、山の神の腹を切り開いたツクヨくらいにスキルレベルがないと心許ないかもな」
「んだよ!俺じゃ生き残れねぇって言うのか?」
「お前のスキルはまた異質だからなぁ。使いようによっては何とかなるかも知れんが・・・」
仲良く痴話喧嘩を始める二人を他所に、シンはツバキのカメラに記録されていた、ツクヨの放った宝剣・草薙剣の一撃を思い出していた。それは天をも割らんとする凄まじい一撃だった。
それもその筈。それまでに喰ってきた生物の生命エネルギーの量に応じて切れ味を増していく草薙剣の性質上、山の神の体内は能力を発揮するには最適の環境だったと言える。
光脈から吸い上げた精気を纏い、飲み込まれた生物やモンスター、大気中に漂う生命エネルギーを際限なく喰い散らかしていた草薙剣は、謂わばフルパワーだったと言える。
そんな一撃を持ってして、漸く安心出来るレベルの者達がいる山の向こうとは、一体どんなところなのだろうか。そしてそんな変化が、最近になって突如表れたという事は、黒衣の人物達の影響によるものなのではないだろうかとシンは考えていた。




