消えた出雲の謎
オッドの元を去った出雲は、すっかり陽の落ちた冷たい風が吹く夜の街を歩いて自身の所属するサイバーエージェントの事務所があるビルへと戻って行った。
ロビーに入ると、出雲を待ち構えていたかのように天羽が駆け寄る。彼女は開口一番、出雲の無事を確認した。出雲に言われた通り、天羽は彼の持っているスマホを辿り行動を把握していた。
そして周囲に迫る危険があれば通知が行くように準備をしていたのだが、出雲が目的地の路地の見える場所で様子を見始めた頃から、出雲からの信号が途絶えてしまっていたと天羽は語った。
「心配しましたよ!突然信号は途絶えるは、近場のカメラからは先輩の姿は確認出来ないはで焦ってたんですから!」
「何、信号が?」
天羽に言われてポケットから取り出したスマホを確認する出雲。するとスマホの画面が点かない事に違和感を感じ、再起動をかけると出雲のスマホはいつの間にか電源が落ちていたようだった。
思わず顔を見合わせる二人。天羽の電源を切ったのかという視線に、出雲は小さく首を横に振った。いつから電源が落ちていたと心の声を溢す出雲だったが、先程の天羽の話によれば出雲のスマホの電源が落ちたのは、路地裏が見える位置で様子を見ていた頃になる。
そこで何があったのかを思い出すと、出雲はそこで黒いローブに身を包んだアサシンギルドのメンバーの一人である“輝阿”という人物に遭遇した頃だった。
彼女によって物理的に電源を切られたのか、或いは彼女がそういった電子機器を妨害する何かを使っていたのだろうか。
しかしそれでは、天羽の言っていた街中にあるカメラを確認したという証言と辻褄が合わなくなる。街中にあるカメラは確かに起動していた。姿が見えなかったのは出雲と輝阿だけだったようだ。
他に消えた人間も、不自然な現象も確認されていない事から、やはり出雲の周りだけに異変が起こっていたと思われる。
「俺はどんな風に消えた?カメラの映像は確認出来るか?」
「事務所に映像のデータがあります。見てみますか?」
天羽の言葉に頷いた出雲は、彼女と共にサイバーエージェントの事務所へと向かう。早足でカメラのデータがあるというPCがある部屋へと向かった二人は、そこで直ぐに出雲の様子を映し出している街中のカメラの映像を確認する。
出雲が路地の見える場所に向かった様子が映し出されているカメラは幾つかあり、その途中僅かに映し出されない隙間こそあるものの、最後のカメラまで出雲の歩みは綺麗に記録されている。
そして路地の様子を見ていた位置に到着した出雲だったが、暫くすると何かの異変に気付いたかのようにピクリと動く。その瞬間、出雲だけが一瞬で消滅したかのようにカメラから消えたのだ。
他の街並みの景色に異変はなく、カメラの映像が加工されたような切り抜かれ方もしていないように思える。しかしあくまでそれは素人目の判断である為、出雲はこの映像を解析したのか天羽に尋ねる。
彼女はこの様子を目にして直ぐに専門家の確認を取ったのだという。結果はハッキングされた形跡もなければ加工された様子もないというものだった。
だが、こういった人が不自然に消失するケースは最近多くの事件として挙げられている。ランゲージとオッドの話を聞いた出雲は、その原因を身をもって知っている事になる。
全ての現象が彼らによるものなのかはまだ断定できないが、少なくとも出雲の中では彼らの言うイーラ・ノマド達の仕業であるという確信を得た。
「クソッ・・・これじゃ完全に後手に回っちまうじゃねぇか」
「先輩?」
「お前には以前話したな。今ここには俺達以外に、別の次元から何者かが来ていると」
「えっえぇ、聞きました。初めに先輩からその話を聞いた時は信じられませんでしたが、私が小さい頃に体験した事や近頃の事件の事を考えると、私もそれが夢や幻想の話ではないのだと感じます」
「どういう訳か、最近になったそいつらが俺に接触を試みてきた」
「ッ!?」
これまで頑なに話をしなかった出雲が、ここに来て漸く天羽が知りたかった事を話してくれた。だがそれはあまりに危険で、出雲もいつ姿を消してしまってもおかしくない事態に見舞われている状況だと知る。
そしてそれを知れば、話を聞いた天羽にも危険が迫る可能性がある。なのに何故そんな話をしたのか。話を知っていようがいまいが、どちらにせよ出雲の近しい人間は何かしらの事件に巻き込まれる可能性が高い。
ならば事前に知っておいた方が対策もしやすいだろうという、出雲の判断だったのだろう。幸い彼女も異変については肯定的な考えを持っている人物で、唯一出雲が幻覚に踊らされるおかしい人間だとは思っていない人間でもある。
話の分かる天羽であれば、出雲の注意を真摯に受け止めて用心してくれると信じているからだったのだろう。
「奴らも今、俺達や警察組織を相手に面倒事を起こす気はないようだ。だが異変に気付いた人間を使って何かしようとしている。恐らく現実の世界で自由に動ける人間の協力が必要な事があるらしい」
出雲の予想は当たっていた。
現実世界にやって来たイーラ・ノマド達も、その現実世界で直接何か事を起こそうとするならば受肉する必要がある。イルのように一般人に自身を投影する方法もあるようだが、それにはやはり多用出来ないデメリットがあると思われる。
彼らが出雲らの協力を得て何をしようとしているのか。そして彼らの他にいるかも知れないという新たな敵対組織とは何なのか。シン達の知らぬところで、現実世界でも物語は少しずつ動き始めている。




