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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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現実への恐怖心

 海上レースのレイド戦において、シンとヘラルトと共に神獣リヴァイアサンの背に居たウンディーネから、大方の事情を聞いていたミアもまたヘラルトは死んだものだと思っていた。


 ただ今回、シンが現実の世界で掴んだ情報がもし本当だとするならば、WoFの世界の住人がシン達の現実世界へ転移するという例もあるのだという事が、新たな異変に関する情報として彼らの記憶に刻まれた。


 つまり、何らかの条件さえ満たせばWoFで猛威を振るう強敵や、命を何とも思わない極悪人が現実の世界へ放たれる事になるという事だ。詳細な条件については不明だが、状況から見てシン達の追っている黒衣の人物達と、こちらの世界において長寿の精霊であるウンディーネでさえ解読出来なかった文字と謎の黒い影が関係しているように思える。


「まぁ、そういう反応になるよな。俺もそうだった。初めは何を言ってるのか分からなかったし、そんな筈ないとも思ったけど、何故だかヘラルトが目の前で影に飲まれた時、死んだとは思えなかったんだ・・・。ただぷっつりと生命反応が消えた。そんな感じだったから・・・」


「あっあぁ、それはウンディーネからも聞いてる。ヘラルトの反応は死んだというよりも“消えた”って表現の方がしっくりくるって。要するにヘラルトは、私らと同じように“転移した“って事だろう?」


 転移した事には変わりないが、正確にはシン達の行う二つの世界間の転移とは性質が異なる。シンはミアに、ヘラルトのような異世界から現実世界へやって来た者達は、WoFのユーザー達とは違い、向こう側から一方的に”来る“事しかできないことを伝えた。


 故にヘラルトは、自分の元いた世界へ戻れず方法を探る為アサシンギルドやWoFのユーザー達を研究しながら、帰り方を模索していた。その研究の成果でもある、WoFのユーザーを指定の位置へ転移出来るようになった事もミアに話したが、それに関してはミアはあまり興味は無いようだった。


「これは私達が真相に近づいているからなのか・・・。どちらにせよ、現実の方でも調査が進んでいるようで何よりだが、私達が心配しなきゃならない出来事が一つ増えたな」


「俺達の世界への・・・干渉?」


「あぁ、シュトラールやロロネーみたいな独裁者や極悪人があっちの世界へ行ったら、何をしでかすか分からん・・・。他にも素行の悪い連中はいくらでもいる。・・・私にも・・・守りたい人がいる・・・」


「守りたい人・・・?」


 ミアのここについての話は、これまでにも何度か聞いた事があったシン。彼女の言う守りたい人というのは、その話からすると恐らく彼女の最愛の人である母親の事だろう。


 だが、彼女がシン達に話した事以外にも、彼女はこちらの世界に入り浸る以前は社交的で勉学に励む優等生だったと聞く。そんな生活の中では友人や恋人の一人や二人いたに違いない。


 こんな状況の中で想像するのは悪いと思いつつも、ミアが守りたい人というのが男性であると考えた時、シンの心は少しざわついた。しかし彼のそんな世迷言は直ぐにミアによって否定される事になる。


「私の・・・母だよ」


「ミアのお母さん・・・?」


「そう・・・。娘の事すらも忘れてしまった、私のお母さん・・・」


 ミアが現実に打ちひしがれ憔悴し切っていた彼女に追い打ちをかけるように起きた不幸。それは彼女の母に起きていた症状である認知症だった。仕事を辞め、久々に実家へ戻って来た彼女を待っていたのは、母親の愛などではなく無情なる忘却と絶望だった。


 全てに希望を失くした彼女だったが、それでもミアは母親のことを愛している。例え自分が何者かも分からなくなっていたとしても、彼女に向けられるものが愛ではなく見ず知らずの他人に向けられる偽りの愛想だったとしても。


 母親のことを語る時のミアは、見ているのも辛くなるほど悲しい表情を浮かべていた。その時初めてシンは、形はどうあれ自分を死という道へと追い詰めた者であっても、それまでに受けた恩や愛情は決してそれを受けた者の中から無くならないのだと気がついた。


「駄目だ・・・母さんを危険な目には合わせられない」


「なぁ、それなら君こそ現実に世界へ戻るべきじゃないのか?君のその力と能力があれば何だって・・・」


 ミアは現実世界でWoFのモンスターに襲われていたシンを助けてくれた。彼女は恩人であり異変に対する先輩でもあり、そして共にWoFの世界を歩んで来た心から信頼できる仲間でもある。


 それでも彼女は、シンの提案を否定した。


「・・・現実には戻れない」


「どうして!?」


「貴方だってそうだったんじゃないのッ!?現実が怖いのッ!私の居場所を奪う現実がッ!私の全てを否定する現実がッ!!だから私は逃げた。そんな虐げられる世界が嫌で、理想の自分でいられるこの世界にッ!」


 涙を浮かべて苦しむ彼女に、シンは自分との出会いの事を思い出させた。あの時の彼女は現実の世界に戻れていた。それもWoFでのキャラクターの姿で。


 その姿はシンに前を向いて歩き出す勇気をくれた憧れの姿でもあり、彼女のように堂々と生きる事がカッコイイとも思えた。嘗ての彼女がどうであれ、今の彼女であればどんな環境であれ自分の居場所を見つけられる。


 シンはそう信じている。


 しかし、彼女の心に刻まれた現実というモノへのトラウマは、他者には計り知れないほど深く刻まれているようで、今のシンの言葉ではミアを突き動かすことは出来なかった。


「ごめん・・・こんな事を言うつもりじゃなかったのに・・・」


「君のお母さんは何処に?アサシンギルドに保護してもらおう。俺から白獅らに・・・」


「分からないんだ・・・。忘れられたショックで家を空けていた間に、母さんは行方不明になったらしい。最後に確認されたのは、東京のサウスシティ周辺だったと近所の人は言っていた」

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