無情なるアサシンの思考
「凄い!そりゃぁ好都合ですね!・・・あぁ、いやすみません。貴方のお仲間に失礼でしたね・・・」
シンがWoFの世界を旅するパーティの中に、店では買えないような特殊な効果を持つ回復薬やお香を調合できるアカリの話をしたところ、瑜那は今の危機的な状況にあるアサシンギルドにとって、これ以上ない程好都合な存在だと喜んだ。
瑜那も悪気があった訳ではない。今の自分や仲間達が良い方向へ向かうかも知れないという希望に喜んだだけで、アカリを都合のいい存在だと思っていた訳ではない。
しかし実際、アカリが居てくれたおかげで今後のアサシンギルドが再出発する目処が立ったのも事実。偶然か必然か、彼女との出会いに感謝しながらも、シンは回復薬の納品について彼女に伝えておく事を瑜那に約束した。
「へっ!そんなモン無くたって俺ぁ大丈夫だがな」
「宵命が大丈夫かじゃないんだよ、仲間が大丈夫かどうかの方が重要なの!そこまで言うなら、宵命の分の回復薬は配分してやらないからね」
「何だよそれぇ!?ふっざけんなッ!」
賑やかな様子に、思いの外暗い様子ではない事に安心するシン。白獅も確かに今のアサシンギルドは追い詰められた状況にはあるが、シンの持ち帰った吉報とオッドのおかげで再建の兆しが見えてきたと、最初に会った時よりも少し柔らかい表情に変わっていた。
WoFの世界で帰りを待つミアからの催促のメッセージは来ていない。だが用事も済んだ事で、今のシンに出来ることはなくなったと判断した彼は、再度向こうの世界へ戻ると白獅に告げる。
再び白獅はシンの協力に感謝し、二人は握手を交わす。
その時、白獅の表情を見て先程の疑問が過ったシンは、最後に信頼する白獅にだけその疑問を投げ掛ける。
「白獅、何でそこまでオッドを信用している?彼は外部の協力者だろ。色々・・・任せて平気なのか?」
二重スパイをしているような気分になっていたシン。ヘラルトの事を疑っているように白獅の前で振る舞うが、心の中ではヘラルトの事を信頼はしている。何せ彼は、海上レースのリヴァイアサンとのレイド戦において、死ぬかも知れないというのに、シンとウンディーネを逃がしてくれた。
手遅れだったからという状況もあるだろうが、当時まだ少年だった彼が助けを求めるよりも他者の生存を願えたのは、彼の心が真っ直ぐで澄んでいたからに他ならないと、シンは確信していたからだ。
自分がどうなろうと他人を気遣える、他人の幸福を喜べるような人間は、シンの生きてきた現実の世界には居なかったからだ。故にそういった本来人が持つべき正しき精神を前にして、シンは盲目的になっているとも言える。
故にシンは、白獅にも同じ気持ちを抱いていたのかも知れない。そして彼の口から、そんな純粋な言葉を期待していたのかも知れない。それが例えアサシンというクラスには不適合だったとしても。
しかし、白獅の口から語られたシンの問いに対する答えは、彼の望む澄んだ答えとは違い、あくまで白獅もアサシンのクラスなのだと実感させられる言葉だった。
「彼を疑っていない訳ではない。だが彼の探究心や技術力は、今のアサシンギルドにとって貴重であり重要となるものだ。もし彼に不穏な影があると分かったなら、逆に利用してやるさ」
「・・・・・」
清々しいほど、アサシンギルドの為に尽くしアサシンのクラスがその身体と精神に染み付いている白獅の言葉に、不意を突かれたシンは思わず口を開いたまま呆気に取られてしまう。
「ん?どうしたんだ?」
「あ・・・いや、正直なところ安心したよ。何の疑いもなく外部の者を信用しているんじゃないかって。ちゃんと疑う心を持っていたようで何よりだ」
「当然だ。俺が信じるのは、志を同じくする者達だけだ。それ以外の者を何の保証も無しに信じることなど決してない。シン、お前もゆめ忘れるな。命を預けられる者以外、全てのものを疑え。そして思惑を持って動き出した者に、常に裏をかける備えをしろ」
一見、白獅の言葉はシンを気遣い心配しているようにも聞こえる言葉だったが、実際のところ彼がシンを心配してその言葉を掛けたのか。その時のシンには彼の言葉が“ヘマをするなよ”、“裏切ればお前も同じだ”という脅迫に近い感情が込められているのではないかと勘繰ってしまっていた。
動揺を出さぬよう自然に互いを気遣う二人。
そしてシンは瑜那にWoFの世界へ戻ると伝えると、白獅の指示を確認してシンを装置の上に寝かせる。
「また何かあればこちらからメッセージを送ります。あと回復薬の転送ですが、常時受け付けていますので、手が空いた時にジャンジャン送っちゃって下さい。足りなくなっても余ることは無いので」
「分かった。だがあくまで調合するのは彼女だ。店売りの回復薬で良ければ送るさ」
「十分です。それではどうかご無事で・・・」
シンとの言葉を交わした瑜那がパネルの操作を行う。するとシンの身体は横になった装置の上で光の粒子となり消えて行った。
どれくらいの時間、シンは現実の世界に居たのだろう。向こうではどれくらいの経過しているのだろうか。そんな事を考えながら、シンの身体はWolfの世界に形成されていく。
目を覚ますとそこは、ハインドの街でギルドが用意してくれた宿屋の一室だった。見慣れた天井ではなかったが確かに見覚えのある天井を眺めていると、目を覚ましたシンに気がついたミアが声をかける。
「何だってアタシのベッドに現れるんだよ・・・」
「・・・ごめん、多分向こうの計らいだと思う」
現実世界の特定の位置に帰還させられる技術力があるのなら、逆にログアウトした場所を探り当てて、安全な場所へ転移させる事も可能なのかも知れない。
WoFの世界をログアウトした時、シンは間違いなく屋外にいたはず。近くには仲間達もいなかった為、ミアやツクヨの側にログインする事は出来なかった。
故に考え得る可能性としては、瑜那がシンが安全にログイン出来る場所を指定してくれたと考えるのが妥当だろう。結果として、ツバキやアカリの目に触れる事なくWoFの世界に帰還する事が出来た。
直ぐにミアのベッドから起き上がったシンに、現実世界へ行って何か分かったことがあるかを確認するミア。真っ先にシンの脳裏を過った情報は、こちらの世界で出会ったヘラルトが、歳を重ねた姿で現実世界に生きていた事だった。
それをミアに伝えると、彼女もまた最初にシンがヘラルトから真実を聞かされた時と同じように、口を開いたまま呆気に取られたような表情で固まってしまっていた。




