開拓ストラテジー
するとヘラルトは、机に置かれた刃物を手に取り自らの指先をシンの前で傷つけて見せる。刃の先を指先の腹の上で滑らせると、切れ込みの入った皮膚の隙間から次第に血液が滲み出してきた。
これだけを見ていると、とても肉体が存在していないなどとは思えない。突然何をしだすのかとシンが問うと、彼は話すよりも見てもらった方が早いとだけ言い、次に机に置かれた液体の入った瓶を手に取り蓋を開ける。
そして中身の液体を徐に先程切り付けた指先へかけ始めた。こぼれ落ちる液体は床に到達する前に、キラキラとした光の粒子へと変わり消えていく。するとヘラルトの指先にあった切り傷が瞬く間に消えたのだ。
「これは・・・」
シンはその光景を見て、WoFでもよく見る光景を思い出した。それは回復薬によるキャラクター達の負ったダメージの回復の場面そのものだった。
ヘラルトが見せたかったのも、シンの脳裏に浮かび上がったものと同じだったようで、シンがそれに気がついたのを察すると、彼は自分の身体がシン達のようなWoFのユーザーが保有する肉体と同じであるのだと語り始めた。
「シンさんは“向こうの世界”で、何度もこれと同じ光景を目にしてきたと思います。それ程日常的なものだったのでしょう?私が少年の頃にいた世界でも、魔法や薬で怪我を治したり病気を治したりする事はありました。ですが、シンさん達のようにその場で直ぐにという訳ではありませんでした・・・」
WoFの世界でダメージを負った際、シンやミヤ、ツクヨ達は魔法や回復薬を使う事で深傷のダメージでなければその場で回復が可能だった。これはゲームとしての回復の作用が反映されているのだと思っていたが、戦闘以外のダメージやイベントによる怪我はその範囲を超えてしまい、即座に回復する事は出来なかった。
しかし向こう側の世界の住人にとってはそれが当たり前だった。回復薬や回復魔法は、疲労や怪我の治療を促進しその効果と速度を向上させたりするのが本来の効果であり、即座に傷が癒えたりする事など人の身体ではあり得なかったようだ。
つまり、ヘラルトが元いた世界からこちらの世界に転移した事により、シン達と同じようなWoFユーザーと同じ身体の性質を手に入れたようだった。
「すみません・・・もっと分かりやすく指でも切り落とせたら良かったのですが、痛いのは苦手でして・・・。傷や身体の欠損は治せても、それに伴う痛みはある・・・で、良いんですよね?」
元々色々なことを調べるのが好きだったヘラルトだったが、彼の探究心があれば本当にこの世界とWoFの世界に起きている異変について解き明かしてしまうのではないかという希望が、シンの中で芽生え始めた瞬間だった。
他にも彼が気が付いたことが気になったシンは、WoFの世界へ戻るまでのこの時間をヘラルトの会話に当てる事にした。
現在のアサシンギルドの様子は、フィアーズの残党狩りから身を隠している状態にある。その中で再会することの出来た面々で、身を隠しながら仲間達の行方を探りながらフィアーズの動向を窺っているのだとか。
彼らが掴んだ情報として、フィアーズはアサシンギルドの他にも“何か“と敵対しているようだった。それがイヅツ達のような反乱組織なのか、彼らとは別の小規模で動いているイーラ・ノマド達であるのかは未だ分かってはいないが、日本の各地にフィアーズの兵隊達が活発的に派遣されているのが見て取れるのだという。
ヘラルトの知り得た他の情報として、身体をデータとして変換可能な人物、シン達のようなWoFのユーザーや異世界から来たイーラ・ノマドだけなら、移動したい場所の正確な情報と座標があれば転移させる事が出来るのだという。謂わゆる“瞬間移動”というものに近いのだろう。
ただ現在のアサシンギルドには、それを可能にするソフトや機材、装置などが不足している為、今は自力での移動になってしまっているのだとか。もしシンがWoFの世界から上位種の回復薬を手に入れられたのなら、アサシンギルドの者達に、廃墟となってしまったアサシンギルドのアジトに向かわせる事で、貴重なデータや機材などの収集を頼む事が出来るかも知れないと勧められた。
これはゲームで言うところのストラテジー要素に近い。
仲間達に特定のアイテムを渡す事によってクエストを依頼し、拠点の設備や開拓を進める事が出来る要素と似ている。アサシンギルドの面々も、元はと言えば異世界から現実世界へやって来たイーラ・ノマド。
その身体は回復薬によって傷や疲労を促進し早める事が出来る。尚且つ戦闘中であればそれらの効果は即効性を持つとても便利な代物となる。
しかし現実世界ではそう言った回復薬を作り出す事は出来ないようで、WoFの世界から持ち込んで来るしかないのだという。WoFからの転移を操作出来るようにした際に、ヘラルトは少量のアイテムと特定に物であれば現実世界へ持って来れるように改良してくれたようで、今後はWoFからアサシンギルドへアイテムを送る事が出来るようになったらしい。
「何にせよ、今のアサシンギルドには満足な物資や設備がありません。シンさんの協力があればデータや部品、機材の回収や仲間の救出が進んで、我々のアジトを拡張・開拓していく事が出来ます」
「上位種に回復薬か・・・。具体的にはどの程度の効果があるのが良いんだ?」
「そうですね・・・転送する際に僅かですがアイテムの質が落ちてしまうので、より良い物が望ましいです。例えば戦闘中にダメージを全回復する物や、欠損した身体を治せるような強力な物が良いでしょう」
偶然にも、今シン達が共に旅をする仲間の中に、回復薬の調合に長けた能力と才能を持った人物がいる。それは旅の途中で不思議な繭の中から現れたアカリだった。
彼女の作る回復薬やお香には、店では買えない特殊な効能のある物が多くある。アカリの回復薬があれば現実世界のアサシンギルドに多大なる貢献が出来るはず。
シンは彼らの為にも、そして現実世界から異変について調べるヘラルトの為にも、現在のアジトの開拓に協力する事となった。




