懐かしき彼は今・・・
WoFの世界へ転移出来るユーザー達と、現実世界へ転移して来た様々な世界線の者達を集めて作られた組織、フィアーズに襲撃を受けた後に集まった生き残りのアサシンギルドの面々は、それぞれ散り散りになった仲間達を探す為、あらゆる手段を使って情報を集めたのだと言う。
そこで白獅が知り合ったのが、彼の後方にいた見慣れない老人だった。
「紹介が遅れたな。こちらは俺がギルドから避難した先で出会った学者で・・・」
そう言って身体を引いた白獅の後ろから、その老人の全貌が顕になる。彼は魔術師の様な黒いローブを羽織りフードを被っていた。周囲の明かりに照らされたフードの奥の顔から、肌の皺と白く長い髭が伺えた事から老人なのだと分かった。
「私は“アーガー・オッド”。騒ぎで孤立していたところを彼に助けられ、それから行動を共にさせてもらっています」
手を差し伸べ握手を求めるオッドに応えるシン。するとその時、シンの気のせいだったかも知れないが、握手を交わした時にオッドのフードの奥に光る何かを見た様な気がした。
だがソレに悪意や殺意といった不穏な気配も感じなかった為、シンは特に気にする事もなかった。
「彼、オッド氏はこの世界の転移について調べていてな、お前を此処へ導いたのも彼の発明の賜物だ」
「転移についてだって?あぁそうか、俺達が見えてるって事はそういう・・・」
シンが納得したのは、オッドにもこの世界の異変が見えており、恐らく彼もまた異世界からシン達の暮らす現実世界へと転移して来たイーラ・ノマドなのだろうという事だった。
「この世界の住人の殆どが、我々や貴方達の様なアバターを持つ方々を目にする事はない。つまりこの世界に起きているイレギュラーに関係している者にしか、そのイレギュラーを認識出来ていない事になります。ですが貴方達がアバターを纏う様に、彼らにも視認出来るアバターを纏う事によって、彼らにもイレギュラーの存在を見せる事ができます。要するにそのアバターというものが何なのか・・・」
話が長くなりそうなオッドに、咳払いをしてもう十分だと知らせる白獅。また悪い癖が出てしまったとシンに近づき会釈をして謝罪するオッド。その際、彼はシンにしか聞こえない様な声で小さく呼び掛けてきた。
「後ほど私のラボへ・・・お話ししたい事があります」
「話し・・・?」
内容を聞く前に引き下がっていったオッドは、白獅に促され施設の別の部屋へと向かわされた。他の者の反応を伺ったシンは、双子が呆れた様な表情をしてオッドを見送っているのを見て、オッドがどういう人間なのかを察した。
「話始めてしまうと止まらなくてね・・・。悪い人物じゃないんだが、研究や調べ物の話となると周りが見えなくなる節があってな」
「あぁ、何となく分かる気がする」
「まぁ詳しく聞きたいなら、後で彼のラボに行ってみるといい。きっとお前にも為になる話が聞けるかも知れない」
「そう言えば此処は何処なんだ?」
フィアーズによってアサシンギルドの基地が襲撃されたという事や、各地にいるアサシンギルドの面々が散り散りになっている事からも、本拠地であるアサシンギルドの他の施設も襲撃されたはず。
今此処が安全であるという事は、嘗てアサシン達が利用していた施設とは異なる事が伺える。何処かの廃墟を利用しているのか。或いはオッドの様に別の世界からやって来たイーラ・ノマドの隠れ家を借りているのだろうか。
答えは後者の、イーラ・ノマドが身を隠す為に使っていた仮初の隠れ家だった。白獅はオッドと出会った後、人目に付かないところはないかと尋ねると、オッドは嘗て仲間達と使っていた離れの施設があると言って、彼らを此処へ案内したのだそうだ。
「ここは埼玉というところのイーストシティ地下にある施設だ。嘗ては治水対策の一つとして設けられた地下施設の様だがな」
「治水対策って・・・水災の時とかに使う施設だろ?って事は相当大きな施設じゃないか!全然そんな風には見えないけど・・・」
「勿論そこをそのまま使っている訳じゃぁない。我々の様な異質な存在が隠れられる様に、実際の施設から繋がる作業員用の通路を改築して作った、謂わば秘密基地だよ。この世界の住人達には侵入は不可能だ」
現実世界の住人がそのまま入る事が出来ないということは、嘗てのアサシンギルドの施設と同じ様な仕様が施されているのだろう。実際に見えているものと、本来そこにあるものは違う。
「それは分かったが、俺達みたいなオッドさんがいうところのイレギュラーが来たらどうなる?一般人には見えなくても、異変が見えてる奴には見つかってしまうんじゃ・・・」
「そこは直接彼に聞いてみると良い。隠れ家を小さくコンパクトにしてあるのも、その辺の兼ね合いがあったからだ。それに高度な技術力を行使しようと考えるならば各都道府県の中心部、セントラルシティに基地を設け用と考えるのが普通だ。エネルギーの供給を最大限受けられるからな」
フィアーズが都心部に施設を設けているのも、白獅の言うエネルギーの供給を直に受けられる事が大きな理由だろう。故にフィアーズには膨大な量の情報と便利な装置などが集まっている。
それらを利用され、セントラルシティに近い位置にあったアサシンギルドの施設は軒並み早い段階で襲撃を受けてしまっている。
近況報告を受けながら白獅がついて来いとシンを案内したのは、先程紹介を受けたアーガー・オッドのラボだという部屋の前だった。白獅はこの施設や転移の謎について、詳しくは彼に聞いてくれと言ってシンを置いて来た道を戻って行ってしまった。
白獅は来ないのかと問うと、彼は振り返る事なく手を振って後はお好きにと通路の奥へと消えて行った。
紹介された際にオッドから直接ラボに来てくれと言われていたシンは、彼が話したい内容とは何なのかを考えながら、ラボの扉を開けて中に入る。するとそこには、薄暗い部屋の中で様々なモニターの明かりで資料を眺めながらくつろぐオッドの姿があった。
部屋を進む中、机の上には現実世界では見ないような古い本から、まるで異世界の書物のような不思議な書類などがそこら中に散らばっているのに目を通す。一瞬、見覚えのあるような横文字などもあったが、シンの足音に気がついたオッドが席を立ち彼を迎えた。
「おぉ!よく来てくれました。あの場では話しづらかったもので・・・少し時間を頂いても?」
「それはかまわないんですが、白獅達の前では話しづらい話しっていうのは?」
そう言うとシンの前に立ったオッドは彼の手を取り、自らの気配や魔力を感知してみてくれと言い出したのだ。突然何を言い出すのかと思いながらも、シンは言われるがままオッドの気配をアサシンのスキルで感知する。
しかしそこにいるのは、WoFでいうところの人並みの魔力を持った街の住人程度の気配しか感じられなかった。これに一体何の意味があるのかと問うと、オッドはフードを外して驚きの言葉を口にする。
「やはり“この姿”では分かりませんか・・・。無理もない、こんなに衰えてしまっては嘗ての面影など全く残っていないでしょうからね・・・」
「すみません、先程から何が言いたいのか俺には・・・」
「いや、こちらこそ回りくどい事をしてしまい申し訳ありません。私は一目で貴方が“シンさん”だと分かりました。何と懐かしい・・・」
「ッ!?」
オッドの口ぶりから、彼は嘗てシンが会ったことのある人物であることが伺える。だがいくら思い出そうとしても、シンの事を“シンさん”と呼ぶ高齢の男に思い当たる人物がいなかった。唯一気になったのは、オッドの言った”この姿“という言葉だった。
「先程はアーガー・オッドと名乗りましたが、私の名は“ヘラルト”です。覚えていますか?嘗て旅の途中、馬車で共にグラン・ヴァーグへ向かい、海上レースの途中で貴方と再会したあの“ヘラルト”です」




