真実を知らぬ親子
ミネ自身に人を惹きつける何かがあったのかも知れないが、それ以上に彼に備わっていた山のヌシとしての能力に、生物を引き寄せる性質があった事が本来の原因だった。
それは今のミネがミネ自身として、愛情を持って育てた子供であるカガリにも適用されてしまい、回帰の山から遠ざけようとしても必ずミネの元へやって来るよう仕向けられていた。
故にカガリを救うには、自身が山のヌシとしての役割を全うしその呪縛から解かれなければならなかった。しかし山のヌシとしての役割を失うという事は、即ちミネの死を意味していた。
「お前、父ちゃんと母ちゃんが居ないんだろ?知ってるか?親がいないとまともな教育が受けられないんだって」
「じゃぁカガリは、まともじゃないんだ!」
「変人!変人!」
街の子供達に罵られている子供がいた。彼も街の子供であるのだが、子供達が言うように、彼には両親がいなかったのだ。その彼の名前はカガリ。名前をくれたのは育ての親でもある、街の調査隊として働くミネという男だった。
「ミネさん。どうして僕には両親がいないの?」
落ち込んだ様子で帰って来たカガリから投げ掛けられた質問に、ミネは心を痛めながら誰がそんな事を言ったんだと彼に問う。だがカガリはミネから質問の答えを聞く為か、誰に言われたのかは言わずに続けてミネに追求する。
「はぁ・・・。お前ももう分からない歳でもないか。そこに座れ、少し話をしよう」
諦めた様子でミネはカガリを近くの椅子に座らせると、彼の両親が回帰の山で亡くなった事を伝えた。だが二人ともカガリの事を愛していたのは事実。儀式の生贄に選ばれたという事は隠し、あくまでも自己という形でカガリに話すミネだったが、それ以上に痛いところを突いてくるカガリの疑問に押され、次第にミネは喋らなくなってしまう。
するとカガリは、何も答えなくなるミネの様子から何かを察したのか、もういいと言って家を出て行ってしまった。カガリが家を飛び出す事は過去にも何度かあり、その度に彼がお世話になるところは決まっていた。
カガリが一人町外れの脇道で蹲っていると、そこへやって来たのは仕事を終えて帰って来た農夫であるトミだった。彼は街でカガリの複雑な事情を知る数少ない人物であり、同時に理解者でもあった。
「おや?カガリ君、またミネさんと喧嘩でもしたのかい?」
「喧嘩という訳じゃ・・・。でもミネさんはいつも、僕の両親の話をするとはぐらかすんだ。僕の両親が僕の事をどう思っていたのかじゃなくて、何で居なくなったのかを聞いてるのに・・・」
寂しそうにミネとの喧嘩の理由を聞いたトミは、優しく彼の肩を叩き妻の待つ自宅へと招いた。その道中、トミは何故カガリに優しくするのかについて話す。それはトミ達にとっても、カガリの存在が放って置けない存在であったのだと明かす。
「私の家には子供が居なくてね。本当なら君くらいに子供が居てもおかしくない筈だったんだ」
「どうして子供が居ないの?」
「私がそういう病気でね、ユリアには本当に申し訳ない思いでいっぱいなんだ・・・。だからその悲しさを忘れさせてあげられるくらい、私がユリアを笑顔にしてあげなきゃって思ったんだ」
「子供が居ない事は、不幸な事なの?」
カガリはただ純粋だった。故に思った事をトミに尋ねてしまったが、トミも彼の質問に対して真剣に自身の考えを伝えた。トミ自身は何度も、ユリアとの間に生まれてくる子供の事を想像し、幸せな光景を思い浮かべる事が今でもあるのだという。
それはきっとユリアも同じ気持ちだろうと、或いは彼女の方がその気持ちが大きいのかも知れない。それでもトミの前でそれを口にしないのは、トミに自身を責めて欲しくないという思いがあるからなのだと、トミなりの見解をカガリに話した。
「少し難しかったかな?」
「うん・・・でも、トミさんの気持ちもユリアさんの気持ちも、分かる気がする・・・」
「驚いたな!本当に聡いんだね、君は」
「え?」
何を驚かれているのか分からないといった様子のカガリに、トミは彼に感じている自分の思いについて明かした。
「君さえ良ければ、いつでもウチに遊びに来てくれ。ユリアもきっと喜ぶから」
それからカガリは、少しずつトミ夫妻との距離を縮めていったが、真実を知るミネはそれがいい事なのか、いずれ双方に良くないことが降り掛かるにではないかと危惧していた。
トミ夫妻からの助言もあり、カガリもミネの事を本当の親のように慕うようになっていったが、それでもミネの事を“お父さん”と呼ぶことはなくなっていった。
山の神に飲み込まれたことで、役割を失うまでの間、体内という限られた空間において山のヌシの能力をある程度自由に発揮できるようになったミネと再会したカガリ。
彼への想いを口にする前に彼との記憶が脳裏に蘇ってきたカガリは、自然と涙が溢れていた。成長したことで忘れていた、ミネへの想いが別れ際になって彼の内から込み上げてくるのに対し、如何に自身にとってミネが大きな存在であったのかを再確認するカガリ。
「あれ・・・何で・・・?」
自身の目から溢れる雫を拭い、困惑するカガリにミネは黙って歩み寄ると、そっと後ろからその小さな身体を抱きしめる。ミネは一人残してしまう我が子に対し、自分が居なくなっても決してカガリは一人ではない事と、トミ夫妻がカガリにとってどんな存在か。
そんな事など知らずとも、トミとユリアならカガリを任せられると信じ、二人の事を任せるという調査隊としての任務を与えながら、二人の元へ行くようにカガリを促した。
「トミもユリアも、一連の件で衰弱している事だろう。二人の事を任せられるのはお前しかいないいいな?カガリ・・・」
「はい・・・分かっています。でもやっぱり俺は・・・!?」
すっと離れていくミネの腕に名残惜しさと寂しさを感じ、直ぐに振り返るカガリだったが、既にそこにミネはおらずそれまで感じていた温かな空気は消え去り、一気に現実へと引き戻されてしまうと、そこでカガリの気力が限界を迎えてしまったのか意識を失い倒れてしまった。




