山に流れる血の川
ツクヨの放った一撃により、山の神の喉元に外界と繋がる程の切れ込みが入る。思わぬ事態に山の神も、吸い込んでいた瓦礫などを土砂の様に地上へと吐き出してしまう。
途方もない量の血と、それに流される土砂の中に気を失ったライノとカガリがいた。ツクヨよりも下方にいた彼らは、いち早く山の神の体内から吐き出され、地上に帰還することが出来たようだ。
大きな大木に引っ掛かり、血の濁流から辛うじて逃れられたようだが、周りにミネやツクヨの姿は見当たらない。それだけ途方もない血の濁流だったのだ。二人が近くに居ただけでも奇跡と言えよう。
山の神から流れ出る血液の波は、抉り取られるように削ぎ取られた山の上方の穴を満たしていくように流れ込んでいく。運良く外に出られた二人だったが、このままでは山のクレーターに流され溺れてしまう。
そんな時、二人が引っ掛かっていた大木を流すように大岩が転がってくる。そして木の端にぶつかると、流れに身を任せるようにズルズルとクレーターの方へと向かってしまうところに、一人の人物が流される瓦礫や木々を足場に、素早く二人を抱えてその場を去る影があった。
彼は山の神の吐き出した血の濁流に巻き込まれないところまで避難すると、そこで気を失っていたライノが目を覚ました。
「うッ・・・ここは一体・・・!?」
「良かった、生きていたようですね」
「アンタは・・・ツクヨさん・・・か?」
ライノとカガリを拾い上げる救出したのは、同じく山の神の吐瀉に巻き込まれて外に吐き出されたツクヨだった。だがライノがツクヨの名を読んだ時に疑問形だったのには、山の神の体内に居た時に見た彼の最後の姿が起因していた。
別人のように恐ろしい表情と気配を放っていた彼だが、今は初めて会った時の優しそうな人物と同じ顔をしていた。故に最後に見た人格を隠しているのか、はたまた二重人格のように彼の中には別の人格が潜んでいるのかなど、ありもしない想像がライノの脳内に溢れていた。
「気が付いたら私も流されていました。危うく溺れる所でしたが、何とか正気を取り戻す事が出来ました」
「いや・・・そうじゃなくて。今のアンタは“どっち”何だ?」
「どっち・・・?」
ライノの質問にツクヨが困惑していると、ここで漸く長い間気を失っていたカガリも続いて目を覚ます。流されていた時に濁流を飲んでしまったのか、酷く咳き込んでいる。
「カガリ!良かった、目を覚ましたようだな」
「うっ・・・ライノ・・・さん?ここは一体・・・!?ミネさんはッ!?」
慌てて身体を起こし周囲を見渡すカガリ。だが長い眠りについていた身体をそんなに急激に動かせず、直ぐにバランスを崩したところをツクヨに支えられる。
「ミネさんは・・・」
何も知らないカガリに何と答えたものかと、ライノの方を見るが彼も同じく目を背けてしまう。ミネを救いたかったのはライノも同じことで、彼もまた最後の最後までミネが生きられる道を模索していた。
しかし、覚悟を決めていたミネを前に、何を言っても何をしても彼の覚悟を変えることなど出来ないのだと実感した。その結果が今、彼らの前にある光景なのだ。血の川が大地を埋め尽くし、全てを流していく。
一見、恐ろしい光景だが山の神の体内で脱出不可能だと思われていた状況下にあった彼らにとっては、目の前の自然の景色がとても安心できるものとなっていた。
流石に疲労が限界を迎えていた一行は、そこで暫く血の波が収まるのを待っていた。カガリは二人の反応からミネが帰らぬ人になった事を悟り、酷く落ち込んでしまったが、危惧していたような自暴自棄になるようなこともなく落ち着いていた。
それはカガリが、山の神の神饌の儀が行われている間に見ていた夢の中の記憶が影響していた。というのも、彼は気を失っている間にミネと会っていたのだ。それはカガリが作り出した脳内のミネという訳ではなく、カガリの意識の中に入り込んだ本物のミネであった。
回帰の山の中を、一人ミネを探して飛び込んで行ったカガリ。彼はその途中、山の神の神饌の儀式に巻き込まれ、空から降る巨大な大穴に飲み込まれてしまった。
アクセルらのようにその場を離れる能力を持たない彼には、儀式から逃れる術もなく、なす術もないまま飲み込まれてしまう。周囲を覆う真っ暗闇が、カガリの視界に映る全ての光を遮った時、彼は何も見えない真っ暗な空間でミネの声を聞いた。
「やっぱり来てしまったのだな、カガリ・・・」
「ミネさん!大丈夫でしたか!?迎えに来ました、直ぐに帰りましょう。何だか山の様子も変で・・・」
カガリはミネから神饌の儀式についての話は聞いた事があった。だがそれは言い伝えの話であり、所謂おとぎ話だと思っていたカガリは、まさに今回帰の山に起きている出来事が、その儀式の予兆であったなど知る由もなく、空から降る大穴も何が何だか分からずに足を踏み入れてしまっていた。
しかしカガリが神饌の儀式について信じないように仕向けて来たのも、全てはミネの思惑通りだった。必要以上に彼を脅かさないために、仮に儀式が行われても彼を巻き込む事がないようにと。
だがそれはかえって彼を、この危険な状況に招き入れてしまう結果となってしまった。カガリが回帰の山に入って来てしまっている事自体は、山のヌシの能力で気が付いていた。
役割を与えられていて、自分で行動に移せなかったミネは、シンやツクヨを使って引き返すよう促したつもりだったのだが、人を遠ざけよう遠ざけようとした結果、ツクヨやライノまで巻き込んでしまった。
 




