遠い過去の記憶
固定されていた足場が動き出し、慌て始めるツクヨとライノ。脱出の糸口が掴めぬまま奈落へと吸い込まれるタイムリミットを抱え、足場を動かした大型モンスターからカガリとミネも守らなければならない状況。
身構えるツクヨの足元で倒れるミネは、彼の持つ刀に蓄えられた禍々しいオーラを見つめながら、嘗ての回帰の山での記憶を思い出していた。
それは回帰の山と同じく、広大で入り組んだ森の中。人の手が加えられた山道などもない場所で、まるで長年そこを棲家にしている者かのように、自在に木々の間を駆け抜けて森に住む動物を捕える人間がいた。
「はぁ・・・はぁ・・・。待って、置いてかないでよ・・・」
「君は待っていても良いと言っただろ?それに森の中は危険だし」
捕えた鹿を絞めながら話している男に、遅れて追いついたのは小さな少年だった。どうやら彼らは森の中に狩猟をしに来ていたようだった。一見すれば珍しくもない光景だったが、一つ妙なところがあるとすれば、その鹿を捕えた男は何も道具を用いずに狩猟を行っていた事だろう。
男は手際良く鹿を紐で縛り上げると、それを抱えながら少年の肩を叩くと、村へ戻るぞと促し、今度は足並みを揃えて山を降りて行った。
そこは山からそれ程離れていない場所にある、何処にでもあるような小さな村だった。彼らが戻ったのは夕暮れ時。丁度夕食に間に合うように戻ったつもりだったが、どうやら少年を連れていたせいか、本来男が戻ると言った時刻よりもだいぶ遅れていたようだ。
「アナタ!また“ミネ”君を連れ出したの!?山は危険だから連れて行かないようにって何度も言ってるじゃない!」
「俺だって驚いたさ。いつもみたいに狩りをしていたら彼がついて来てたんだから。一人で帰す訳にも行かないだろ?」
「それはそうだけど・・・。ミネ君、大丈夫だった?」
鹿を狩猟していた男と彼を迎えた女は夫婦だった。この時のミネは、まだ回帰の山の事を何も知らない、どこにでもいるような村の子供だった。暇な時間を潰す遊び場などなく、少年のミネは男の狩猟に興味を持ち、度々近くの山に入っては村の大人達によく怒られていた。
それでも懲りずに山に入って行ってしまうミネには、この頃から何かしら山の神に仕える素質のようなものがあったのかも知れない。しかしそれは彼にとって不幸を招くものでしかなかった。
その村では既に、山の神に生贄を捧げるという儀式が根付いていた。だがこの頃はまだ誰も、その山を食い尽くす程の現象は知られていなかった。生贄として選ばれた者は、見えるはずのないものが見えたり、誰にも聞こえない声が聞こえたりと、妙な現象に見舞われるようになり、山頂に祭壇に捧げられた翌日には、その者は山から姿を消してしまっていた。
勿論、当時の彼ら以前の時代に、そういった風習に異議を唱え山の神に生贄が捧げられなかった事もあったそうだが、伝承や記録によるとそれから数十年の間、災害や農作物の不作に見舞われ苦しい時代を過ごしたそうだ。
記録によると、生贄が捧げられなかった事から様々な不幸が山とその周辺に起こるようになり、彼らの生活を脅かすモンスターの数も増えたようだった。慌てた当時の者達は直ぐに生贄を捧げようとしたが、捧げられる筈だった異変を感じ取る能力を得た者が自害してしまい、儀式は正しく行われる事はなかったのだそうだ。
それから数年の間は、そういった奇妙な能力に目覚める者が現れなくなったと記録されている。つまり現在のミネのように、山の神によって生物を山に誘き寄せる山のヌシに選ばれる者がいなくなってしまったのだ。
山の神の怒りに触れてしまったと、数十年間に渡り苦しい時代を過ごした後に、再び山の神のヌシの能力に目覚める者が現れ始めたそうだ。再び神が戻られたと、再び村の者達は儀式を再開し始める。
すると、育てる農作物は他に類を見ないほど水々しく育ち、収穫までの期間も短縮され、他所からその村の農作物を買いに来る者も増える程だった。
そういった噂を聞きつけ、人々の往来が増える。村の周辺に蔓延っていたモンスター達も大人しくなり、人前に現れなくなった。こういった一連の流れを人々に与えることにより、人々にその存在を知らしめ儀式を再開させるのが山の神たる巨大な白蛇の目的だったのかも知れない。
少年の姿をしたミネは、両親を早くに亡くしてしまった村のやんちゃな少年であり、両親がまだ生きていた頃、面倒を見ていたという今の夫婦に引き取られ、我が子のように育てられていた。
夫婦の旦那の方が、村の狩人として活躍していた事もあったせいか、ミネは彼の仕事に興味を持つ事になる。
その年は既に、山の神によって新たな山のヌシが現れていた。それは山に住む一際大きく美しい毛並みをした大鹿だった。“アメノカク”と呼ばれていたその大鹿は、村の者達から見てもとても賢く神々しい姿をしており、直ぐにそれが今回の山の神に選ばれた生贄である事を悟る。
しかし、人間以外が山のヌシに選ばれた年は、人間達が特に関与せずとも儀式は勝手に行われていたようだ。故にその年の者達は、誰かが犠牲になる事もなく安堵して暮らしていた。
だがその代わり、人間達はその大鹿に畑で採れた作物を捧げていた。ミネを引き取った夫妻も、山で狩猟をさせてもらうお礼として、作物を山のヌシの大鹿に届ける役割を請け負っていた。
ところが、そんな類稀なる豊作に恵まれた土地に目を付けた余所者が村に紛れ込んでおり、山のヌシに捧げる作物の中に毒を仕込んでしまったのだ。それにより山のヌシとなった大鹿が死んでしまう事に、この時のミネ達は一切気がつく事はなかった。
暫くして村に、山のヌシである大鹿が現れなくなったという一報が伝わる。動物が山のヌシになった時のデメリットとして、人間達にはいつ儀式が行われるのかが分からないという点が挙げられる。
嘗ての記録によれば、その山のヌシとなった動物の行動に変化があったり、通常ではあり得ない行動にで始める事が予兆であると記されており、姿を見せなくなったのはその予兆なのだろうと、特に気にする様子もなかった。
その頃、ミネ達の暮らす村では平穏で豊かな時間が流れていた。ミネを引き取り面倒を見ていた夫妻の元にも、子供が生まれるという幸福が訪れていた。
「ミネ、これからは君もお兄ちゃんだ。この子の事、よろしく頼むよ」
「うん!俺、ちゃんとお兄ちゃんになるよ!」
そんな夫とミネのやり取りを見ながら安心した表情を見せる妻。より一層賑やかになる家庭と、兄としてしっかりしたところを皆に証明しなければと、ミネも村の大人達のいう事を聞き、仕事の手伝いをするようになった。
いつ次の山のヌシが現れるのか分からなかったが、人々は束の間の平穏を過ごしていた。
ミネを引き取った夫妻の元に生まれた子が一人で立ち上がれるようになった頃、とある日の夜中に家族揃って寝ていたところ、その子は静かに目を覚まし窓辺に立つ。
そして真っ暗闇の中に浮かび上がる月を、一人でひっそりと見つめていた。




