降り掛かる大地と壁の正体
白い壁が動き出し、それに付随して捲れ上がった地面がまるで波のように二人の元へと迫り来る。互いが互いを気にかけ、声を掛け合うアクセルとケネトは、互いの様子を確認する暇もなくその土の波から逃げるように走り出す。
もつれる足を必死に奮い立たせながら、何度も転びそうになる身体をアクセルは周囲の木々から魂を引き摺り出し支えとする。先を走るケネトの背後に飛んで来る瓦礫を弾き、自身の身にも同じ危険が迫っている事を振り返るよりも先に、耳から入って来る音で悟る。
「クソったれッ・・・!!」
ケネトに聞こえないような小さな声で呟くと、アクセルは再び全ての力を腕に込めて遠方に見える大木に狙いを定めると、思いっきり拳を突き出しその先から自身の魂を放った。
アクセルの拳から放たれた魂の塊は、ケネトの横を通り過ぎて狙い通り遠方の大木に命中する。それを目撃したケネトは、彼との長い付き合いから何をしようとしているのか直ぐに察した。
またアクセルは自分の身を削って仲間を助けようとしている。
「馬鹿野郎ッ・・・一人でいい格好させねぇぞ!!」
ケネトは前方に伸びるアクセルの魂に触れると、即効性の治癒魔法を施す。彼の思惑を確実に成就させる為の魔力量と、その後の衝撃に備えたアクセルの肉体に回復が、魂の道を通じて瞬時に行われる。
即効性の回復魔法は、瞬時に身体の傷や魔力を供給する代わりに、その後術者は全ての回復魔法の使用が出来なくなり、回復を施された者も暫くの間身動きが取れなくなってしまう。
それでもこの状況から逃れられるだけの希望が、アクセルの思惑にはあった。その場に倒れてしまったアクセルは、魂から伝わるケネトに魔力に全てを悟ると、更に全力を遠方と繋がる魂に込める。
具体的には彼らのこの行動により、成功するか不安定だったアクセルの魂の強度が増し、ある程度の重さを引っ張っても千切れる事のない強靭なゴムのような性質へと変化していた。
「掴まれッ!ケネト!!」
「言われなくてもそのつもりだよッ!」
次の瞬間、アクセルの身体は遠方にぶつかった自身の魂に引っ張られるように、凄まじい勢いで土の波とは逆の方向に飛んで行く。本来、アクセル一人の魔力量ではここまでの勢いは無かった事だろう。
きっとその途中でケネトの身体を掴んでも、大人一人の身体を飛ばすのが精一杯の魔力ではどうしようもなかった。それがケネトの力も加わり、彼がアクセルの魂に掴まってもビクともしなかった。
ケネトを巻き込み前方へと飛んで行く二人は、その道中にある木の枝や草木から身を守るように縮こまる。だが当然、目的の大木まで何の障害物にも当たらずに飛んで行けるのは、人の拳サイズの大きさに限る。
二人の大人程の質量を無傷で飛ばそうなど不可能だった。前方に迫る幾つかの大木にぶつかりそうになると、アクセルはケネトに衝撃に備えるよう声を上げる。
しかし彼はそんなアクセルのアドバイスに付け加え、身体を一直線上になるべく広げないようにと伝える。何を言っているのかこの時のアクセルには分からなかったが、彼もケネトとは長い付き合いになる。その言葉を信じて言われた通りなるべく身体を広げる事なく、出来るだけ一直線上に身体を保った。
だがこのままでは大木にぶつかってしまう。凄まじい速度で大木にぶつかりそうになる瞬間、彼らの身体に大木が迫るとまるで寸前にマグマで溶かされでもしたかのように穴が開く。
その隙間をケネトとアクセルの身体が通り過ぎて行く。その後も幾つかの彼らの身に迫る危険物があったが、それも先程の大木と同じようにぶつかる寸前に丁度彼らが通り抜けられるだけのスペースを空けていったのだ。
それは事前にケネトが仕込んでいた身を守る為のスキルだったのだ。彼の能力は治癒魔法をだけでなく、炎を操る魔法もあった。アクセルの魂と身体に即効性の魔法を掛ける前に、道中で怪我を負うことを想定していたケネトは、先に彼らの身に危険が迫ると発動する炎のシールドを仕掛けていた。
先に仕込んでおく分には、即効性の回復魔法のデメリットをくらう事はない。アクセルの突然の行動にここまで計算してついて来られるのは、彼らの長い付き合いが可能とした連携と言えるだろう。
とはいえ、複数の魔法を同時に二人に掛けていたケネトの魔力消費も、まるで全力で戦った後のように枯渇していた。これ以上彼に頼り切ることもできない。
そして彼らの身に迫る最後の障害は、飛んで行った先でどうやって安全にブレーキをかけるという事だ。道中の障害を焼き切るケネトの魔法も、徐々にその力を弱めつつあった。
勢いが落ち、彼らの身体が降下を始めた頃、アクセルは大木に繋いでいた魂を引き剥がし自分の身体へと戻すと、疲労で動きの鈍るケネトを捕まえ、そこからは手動で迫る木々をソウルハッカーの能力を使い、まるで水上スキーのように避けていく。
後方から迫る土砂の勢いが治ってきたのか、それまで聞こえていた轟音が徐々に小さくなっていく。代わりに最初に捲れ上がった勢いで飛ばされた土の塊や根っこから引き抜かれた木々が周囲に降り注ぐ。
「もう少しだ!踏ん張れよ」
「悪い・・・さっきのでもう魔力が・・・」
「ちょっと揺れるが我慢してくれよ!」
周囲の木々から生命力を抜き出し、それをワイヤーのように器用に使いながら地上を滑るアクセル。そんな中、身体を回転させた時に見えた景色に信じられないものが映り込む。
回帰の山に降り立っていた巨大な白い壁が上空へ上がり、その先端が顔を覗かせるのかと思いきや、白い壁に現れたのは巨大な赫い眼球だったのだ。それを見た瞬間、思わず気配を消して息を呑むアクセル。
それが生物の眼なのか、或いは術やスキルによって付与された何者かの眼なのかは分からないが、アクセルは必死にその巨大な眼に見つからないようにとしていた。
だがそんな彼の恐怖も、知ってか知らずか巨大な眼は一切彼らの事など気にする様子もなく、ゆっくりと瞬きをしながら白い壁と共に上空へと上がっていった。
そして土や植物を溢しながら引き上げられた白い壁の正体。それはまごう事なく生き物の口だった。
「なッ・・・本当にいたのか・・・山の神・・・?」
「アクセル・・・?」
大粒に汗を流し驚愕の表情を浮かべるアクセルを見て、ケネトが振り返ると彼もまたその信じられない光景を目の当たりにする。白い顔に赫い眼、そして山を丸呑みにせんとする大きく開いた口。
正しく蛇のようだった。




