動き出した白い壁
「おっ・・・俺の見間違いか?それとも別の映像が流れてるとか・・・?」
「悪いがカメラは正常だ。ただ・・・コイツは驚いた、こんなモンさっきまでは無かったと思うが・・・」
見た事もない巨大な白い壁に思考が止まり、自分の見ているものが間違っているのではないかと周囲に確認するギルドの隊員達。それに機会の方は、何ら問題なく作動していると答えるツバキは、そのあまりの大きさに何故か会場レースの時のリヴァイアサンを思い出していた。
人工物や天然の物であれば、無かった所に突然生えてくるなど決してあり得ない。必ずそれを作り上げるという“工程”があるからだ。
故に何者かの能力や術、大規模アイテムによって巨大な白い壁が召喚された、転移された可能性がある。しかしこれ程の巨大な物を一人で召喚、転移させるには人智を超えた力が必要になる。
複数人による召喚か転移であっても、それなりの準備が必要になる為、神饌の儀式直前まで回帰の山を探し回っていた者達に発見されていないというのはあり得ないのだ。
ギルドの隊員達の反応からすると、彼らの中にその巨大な白い壁を知る者はいないようだ。それに彼らの中に犯行を行った者がいるとするならば、直ぐにその不穏な動きはギルドによって気取られてしまうだろう。
つまり、現状の可能性から考えたら、それこそ空から突然降って来たと考えるしかない。或いはその巨大な白い壁は壁ではなく、巨大な生き物の身体の一部に過ぎないか。
ツバキの脳裏に過ったのは、会場レースで参加者が一丸となり挑んだ大型レイドの相手、上空の雲の中をまるで泳ぐかのようにその巨体をうねらせ飛んでいたリヴァイアサンの存在だった。
「なぁ・・・シンとミア。あれってまさか会場レースの時と同じで、“生き物”って事はねぇかな・・・?」
「生き物?いやしかし、あれほどの巨体なら感知能力を使わずとも接近に気が付ける筈だが・・・」
「確かにあの時のリヴァイアサンのケースを考えれば、あり得ない事なんて無いんだろうが、奴の場合無尽蔵の魔力や生物としての生命反応もあった。だがあれは・・・」
二人とも現実世界から続く異変の数々に、寧ろ自分達の常識の範囲に留まる異変など存在しないのではないかと思っていた。それならば今回の件も、世界に起こる異変の一つとして見て間違いない。
ならばこれも、黒衣の者達によって引き起こされた異変の一つなのだろうか。
神饌の儀式からは遠く離れ、直接巻き込まれるんだろ心配はないであろう場所にまで避難できていた一行だったが、ツバキのガジェットが映し出す映像を見て徐々に我に返り、自分が正気である事を確かめるようにざわつき始めた頃、再び大きな揺れが回帰の山とその周辺を襲う。
何かの支え無しには立っていられない程の大きな揺れ。自然現象というには余りにも前触れのない突然の揺れ。あながちツバキの発言は間違っていないのかも知れないと思うシンとミアだった。
「全員何かに掴まれッ!余裕のある者は周囲を確認し、異常がないかを確認しろ!」
ギルドの隊員の一人が声を上げたのに反応し、その場にいた全員が一斉に動き出す。近くの草木に掴まり転倒しないように踏ん張る一行。地面に置かれた荷物が大きな音を立てて転がる。
何かに怯えた様子の紅葉を抱えていたアカリは、両手が塞がってしまいその場に座り込んで必死に揺れに耐えていた。それを庇うように移動したシンが彼女に寄り添い、同時に動き出していたミアがアカリの身体を支えて大木の根元へと移動する。
「あっありがとうございます。すみません・・・」
「気にするな。アタシらもいつも、アカリの治療に助けられてんだ。お互い様だろ?」
足を引っ張ってしまって申し訳ないという表情のアカリに、優しい微笑みと言葉を掛けるミア。彼女の対応に安心したようにつられて笑顔になるアカリ。その様子を紅葉は人知れず見ていた。
紅葉がどんな生物なのかは分からないが、リナムルの一件から徐々に成長を見せ始めていた。まだ身体を大きくしたり、炎の能力を自在に扱うには経験や成長が足りない様子の紅葉。
紅葉自身も、大好きなアカリのお荷物になってしまっている現状を嘆いているようだった。だがそれも、紅葉が生物としての成熟した時に本来の力を発揮する為の、我慢の期間に過ぎなかった。
一方、再び大きな揺れが回帰の山とその周辺を揺るがしていた頃、巨大な白い壁付近にいたアクセルらの元でも同じ現象が起きていた。距離的に近い分、彼らの方が揺れが酷く、それに加え更にあり得ない光景が二人の前で起こる事になる。
暫く大きな揺れに見舞われると、何と白い壁が徐々に地中から引き抜かれるように上空へと引っ張られ始めたのだ。ツバキから預かったガジェットを白い壁に近づけると僅かに確認できる、白い壁の模様のようなものが上へ上へと流れていくのが確認出来る。
「おいケネトッ!!見ろよコレ!」
「壁がッ・・・動いている!?」
「上に上がって行ってるんだ。・・・って事は」
二人は何かに気が付いたかのように顔を見合わせると、視線を濃霧に覆われた森の中へと向ける。すると白い壁の方から何やら揺れとは別に、大気を震わせるような臓器に響く轟音が聞こえ始める。
息を呑み見つめていると、二人の前に現れたのは地面が捲れ上がり迫って来る光景だった。




