外から見た景色
男にとってもそれはイレギュラーな事だったようだ。アクセルとの戦闘では見せなかった汗が、フードの中に隠れた男の顎からこぼれ落ちる。元々苦手だと言っていた索敵と、狙いを定めるように向きを変える装置に、苦戦していた。
そのせいもあり、地上のアクセルらには一切気を回してなどいなかった。これ以上黒衣の男の機嫌を損ねれば、今度こそ殺されてしまいかねないと、アクセルはせめて男が何を成そうとしているのかを確かめる為、ツバキから預かっていたカメラ付きのガジェットを上空へ向かわせる。
「何をする気だ、アクセル?」
「安心しろ、もうちょっかいを掛けるつもりはない。ただこれから奴が何をしようというのかを見ておきたいだけだ」
ガジェットに取り付けられていた小型のモニターを取り外し、電源を入れて上空の映像を確かめる。基本的に濃霧でハッキリとしない映像だったが、それでも黒衣の男が設けたと思われる巨大な刀の装置方シルエットが動いている事くらいは確認出来た。
それから直ぐに黒衣の男が動きを見せることもなく、ケネトもアクセルの治癒に集中していた為、互いに動けない膠着状態が続いていた。黒衣の男が動き出すのは、巨大な壁こと山の神が動き出してからだった。
神饌の儀式が行われ、濃霧が立ち込める上空から巨大な大穴が回帰の山に落ちた頃、回帰の山の麓に居たシン達一行とギルドの隊員達は、山頂で何が起きているのか分からぬまま、山全体を揺るがす程の大きな地震に見舞われていた。
「なななっ、何だぁ!?今の大きな揺れはぁぁぁ!?」
「おぉおぉぉおお落ち着け落ち着けって。ただの地震だ!それに街には他の隊員も大勢いる。きっと上手くやってる筈だって」
立っているのですらやっとの大きな揺れにツバキやアカリ、他にも複数の隊員達もまた地面に膝をついていた。濃霧の影響は次第に広がっていき、山頂付近の空は更に濃度を増して、ツクヨ達が目の当たりにしていた大穴や、アクセルらの見た白い巨大な壁なども視認する事は出来なかった。
一時のパニックに足を止めていた時、ミアの精霊の中でも最も友好的であるウンディーネが姿を現し、回帰の山に起きている異変について感じ取ったものを主人であるミアへと語る。
「ん?どうした、珍しいな表に出てくるなんて」
「山頂の方で凄い生命力が空から降りて来てる・・・いや、霧が出たことでその姿を現したのかしら?」
「生命力?何か山頂にいんのか?」
「いるわ。それも・・・私なんかよりよっぽど神聖で大きな存在・・・人々が神と崇める者がそこまで降りて来てる」
ミアは彼女の声を聞いて直ぐに、その山頂にやって来ているという存在に怯えている様子が分かった。精霊である彼女すらも震え上がらせる強大な存在が山に降りて来ているという事を聞かされ、山頂へ向かったツクヨの心配をするミアは、詳しい事情を知るシンに彼の意思を確認する。
「シン、ツクヨは本当に無事なんだろうか?」
「俺達の場合、もし死んだり消滅したのならログイン状態の確認でその有無が確認できる筈だ。ツクヨはまだログイン状態にある。だから今はまだ大丈夫だとは思うが・・・。どうしたんだ?改まって」
ミアは精霊のウンディーネが回帰の山を覆う濃霧の中に、シン達がミネから聞かされたという山の神が降臨している事を聞いたとシンに伝える。山の神が降臨したという事は、神饌の儀式が行われている可能性が高いと口にする。
先程の大きな揺れはそれに起因するのではないかとウンディーネは語る。寧ろあの程度揺れで済んでいるのが不思議なくらいだと彼女は言った。
「あの程度って・・・。だいぶ異常な揺れだったと思うが?」
「あぁ、あれ程の揺れがただの地震では済まされないのは確かだ。最悪の場合、ハインドの街が壊滅していてもおかしくないし、土砂崩れが起きていないとも限らない。霧で山の上の方が見えない分、音には注意しておかないと・・・」
「本来神が下界に降りて来れば、自然災害が起きたり多くの生命力が贄になる事が殆ど。ここの山の神とやらが、余程温厚であるかそれに相応しい捧げ物があるからに過ぎないと私は思うの」
相応しい贄となれば、山のヌシにされたミネが集めたという生命体があたる。一行にはそれ以上に大きな異変が起きていないことからも、儀式は滞りなく行われ山の神が降臨した事が伺える。
だが回帰の山に降りて来た山の神に反応していたのはウンディーネだけではなかった。回帰の山で一行を救う活躍を見せた紅葉もまた、小さく縮こまってしまい震えていた。
「どうしたんだろう、紅葉・・・」
「どうしたんだぁ?鳥コウ」
「さっきの大きな揺れがあってから何か変なんです。まるで何かに怯えているような・・・」
人間より生き物としての本能が強い紅葉は、他の者達では感じない山の神の性質を、その身で感じ取っているのかもしれない。様子が分からないのなら見てくればいいと、ツクヨは自慢のガジェットを上空へ飛ばすと、山頂へ向けて羽ばたかせた。
「機械であれば魔力や妖力の影響は受けない!俺が何が起きているのかを見てやるぜ!ちぃ〜っとばかし待ってな」
そう言ってモニターを開くと、アカリが紅葉を抱きながら心配そうに覗き込む。映像は霧ばかりで何も映っておらず、進んでも進んでも同じ景色ばかりだった。
「ずっと真っ白ね・・・」
「まぁ慌てんなって。神饌の儀式ってのは、話じゃ五号目付近まで巻き込まれるんだろ?んじゃぁ何か分かるのは、少なくとも五号目を過ぎた辺りになる筈だろ?それまで・・・!」
遠隔操作に切り替え手動でガジェットを飛ばしていたツバキは、話に出ていた五号目の上空辺りに到着すると、濃霧の中に何か壁のようなものが聳え立っているのを記録する。
「あ?何だぁこりゃぁ!?」
思わず驚きの声を上げるツバキに、周囲にいた一行は一斉に彼の方を見る。皆の視線を感じて、ガジェットが映し出した映像を共有する為に、ギルドの隊員達に木の枝に白い布を掛けさせたツバキは、プロジェクターの要領でガジェットで撮った映像を映し出す。
するとそこには、誰も見たことのないような巨大な壁が天へと向かって聳え立っている映像が映り、一行の表情を騒然とさせる。




